灰の劇場 (2021/3/5)

文字数 847文字

2021年2月18日 初版印刷 2月28日 初版発行
著者 恩田陸
河出書房新社



本書の前に読んだ「作家の秘められた人生 (ギユーム・ミュッソ)」のなかでも語られた小説作法、作者自身の小説への想いが、偶然だとは思うが本書にもぎっしりと詰め込まれている。
ミュッソの場合は、それでもまだミステリー手法に従って大きな逸脱はなく、作者解説のなかで
小説家の苦悩、はては書き方のヒントにまで言及していた、思いがけず得をした思いがしたもの
だった。

さて本書は、そんな小説家の苦悩やテクニックそのものを素材としている、かなりラディカルである。
具体的には、
作者が20数年前に読んだ小さな新聞記事、二人の女性が橋から飛び降り自殺したという記事が
頭の中からずうっと消えないまま今に至り、いわゆる「事実に基づいた小説」に手を付けながらも、小説家の創造力で物語る不安、自信の揺らぎ、戸惑いなどの葛藤するメイキングシークエンスが一つ。
第2のシークエンスは、その小説が舞台で演じられるまでの過程の中で、作者が二人の自殺者を記号として捉えていた存在が顔の見える実像に移ろう恐怖、または派生する幻想からの誘いに慄く素直な小説家の姿。
第3のシークエンスは、小説の中の主人公二人がどのように一緒に死ぬ決意に至った、小説文脈での状況が描かれる。
この三つの流れが不規則に入れ替わり立ち現れてくるのが本書の構成になっている。
小説の中では、なぜ二人の女性が死の決意をしたかは明らかにされないままになっている一方で、その二人の情感を推し量り、否定し、また忖度する作者の姿は、人生の意味、絶望、そして死を僕に問いかける。
作者が恐れる抽象的解釈された舞台劇は、まるで小説と現実世界との折り合いをつけようと手を差し伸べるファンタジーのようだった。
今回の主題である小説家の手法の話に戻ると、恩田陸さんは破れかぶれと思われても仕方のない手法で本作を書き貫いた。
そこに、過去の恩田作品からは到底想像できない現実への怜悧な問いかけをみた、素直な称賛を差し上げたい。
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