荒潮 (2020/6/6)

文字数 1,128文字

2020年1月25日 発行
著者 陳 楸帆 (チェン・チウハン) 訳 中原尚哉
早川書房



「近未来的科幻長編」・・・この形容詞は初めて聞いたし、
【三体】著者 龍慈欣氏の「これは近未来SFの頂点だ」との激賞(額面以下だとしても)
にも心を動かされた。
このところ中国のSF界が賑やかである、一党独裁のカタルシスとして文学に昇華されることもあろうが、言論自由に関する規制は現パンデミックを検証しても分かるように、ITを駆使してより厳格になっているはずなのにである。

そこはSF文学ならではの特異性がある。
「近未来的科幻」という言葉がそれを如実に表している、つまるところこれは空想であり幻想であるから、中国の知識層にSFが好まれ、その相乗効果もあって名作が誕生している現状が何となく理解できる。
そんな中、満を持しての陳楸帆の鮮烈デビュー作品が「荒潮」だ。

物語りのあらすじを、本書からお借りするとこうなる:
『中国南東部の島、硅(シリコン)島で日々、電子ゴミから資源を探し出して暮らす最下層民”ゴミ人”。 主人公の米米(ミーミー)もそのひとりです。彼女たちは昼夜なく厳しい労働を強いられており、得たわずかな稼ぎも島を支配する羅、陳、林の御三家に搾取されていました。
そんな中、島をテラグリーン・リサイクリング社の経営コンサルタント、スコット・ブランドルとその通訳である陳開宋が訪れて、事態は変化します。ブランドルが持ちかけた、テラグリーン社による島の環境再生計画に翻弄され、利権を奪い合う御三家、虐げられて鬱憤を溜めるゴミ人たち、そしてその中で暗躍を始める李文・・・。 いっぽう、米米は開宋と恋に落ちます。初めての恋に心を躍らせる米米、だが予期せぬ地獄が彼女の身に迫っており・・・』

この紹介は実は稚拙だ。
本書には全編に漂う虚無感と格差の絶望感、そして世界のゴミと人間の欲望の匂いが染みついて抜けない。硅島で行われる人間の醜い争いは世界の廃棄物を象徴する、そして殺戮と暴動、リアリティに満ちた近未来ディストピアSFが此処にある。

「科幻」の言葉に負けないだけの先進テクノロジーの数々と、神の啓示を思い起こさせる宇宙の神秘が同居する。著者の広範な好奇心が物語のあちこちにうかがい知れる、日本海軍駆逐艦「荒潮」、特殊合金装甲ロボ、CDMA発明の美人女優ヘディ・ラマーなどが重要なヒントとして取り扱われている。
ところで「ゴミ人」の発想は小松左京作「日本アパッチ族(1964年)」を思い起こして仕方がなかった、残念ながら小松左京の強烈な体制批判とそれを包み込むユーモアの境地には本作は及ばなかった。
とはいえ、
ディストピアSFならではの小さな希望を灯すエンディング、近未来SF名作の誕生だった。
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