すばらしい新世界 (2020/5/19)

文字数 1,238文字

2017年1月15日 発行 2月25日 三刷
著者 オルダス・ハクスリー  訳 大森望
ハヤカワepi文庫



1932年刊行された本書を全く知らないままに古希を過ぎたことを僕は今とても恥じている。
本書はディストピアSFの古典と言われている・・ことも初めて知った。
あの名作ディストピアSF《1984年》よりも17年も前に書かれている、これもショックだった。
1932年と言えば日本において、血盟団事件で井上元蔵相が暗殺され、
満州国が建国され、リンドバーグ事件が起き、5.15事件があり、
ロスアンゼルスオリンピックが開催され、ドイツ総選挙でナチスが圧勝し、
アメリカではルーズベルトが大統領になった…そんな年だ。
そんな大事な古典SFを僕が知ったのは直近で読んだユヴァル・ノア・ハラリの著書のなかでのことだった。
人類の究極の幸せを揶揄するディストピア、もしかしてそこに向かう危険をはらんだ生き物が人類なのか?‥‥といった文脈だったかどうかは定かではないが、「すばらしい新世界」は僕の購読リストに載せられた。実際に購入しようとしたところ、新品はもう販売していない、結局はAMAZONの中古販売に助けられた。

物語の舞台時代は2540年、AF632年、
AFとはフォード紀元(フォードT型発売の年1908年が元年)を採用しているところからお分かりのように本書はコメディタッチのディストピアSFである。
《1984年》の閉塞感とは異なり本書に描かれる人類には何も悩みはない、人工授精で5階層別に瓶から産み分けられた人間たちは長期間の条件付け教育(催眠学習)で自分たちの生き方に満足しきっている。
親子関係も、結婚制度もなくフリーセックスと政府支給ドラッグと感覚映画といったVRエンターテイメントによって毎日を面白おかしく生きる。
60歳でポックリ死ぬまで健康と美しさを保ちながらお気軽に生きて死ぬ。
本作では上位階層者が複数登場して、そんなユートピアならではの悩みやトラブルが描かれる中で、ある事件からまったくの「野生人ジョン」が現れる。
アメリカインディアンの宗教心とシェイクスピア文言に満ち溢れたこの男が巻き起こす後半のカタルシスは、ディストピアSFの真髄である。

繰り返すようだが、本書は1932年、第二次世界大戦前に書き記されている。
炭疽菌爆弾(!)による世界大戦を経験してのユートピアという設定、超音速移動、体感映像装置、ドラッグ、そして何よりも人工授精による人口コントロール、まるで現在の人類が突き進んでいる世界観ではないか?

ハラリ氏が憂慮する、人類の富の格差拡大とそれに伴う二極化、
AIに代表される科学の暴走、
命と健康を守るはずのバイオサイエンスの乱用、
・・・なるほど本書はおよそ90年後の人類の岐路を指示していた。
だからハラリ氏が着目したのも当然である。

「すばらしい新世界」にはこれからの人類の生き方のヒントがたくさん詰まっている。
未知のウイルスによって新しい世界を受け容れざるを得ない僕らにとって。
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