静人日記 (2023/8/31)

文字数 1,017文字

2009年11月25日 第1刷発行
著者:天童荒太
文藝春秋


直木賞受賞「悼む人(2008)」の続編「静人日記」、前作の重厚さに懲りず本作を手にしたものの、なぜか理由も覚えていないままにギブアップして十数年が経過してしまった。
手元にある積読の中でも厄介な類の小説、それでも数少ない天童作品を捨て去るわけにもいかず、残り持ち時間の少なさを自覚しながら再挑戦してみた。

ギブアップした理由を再読してすぐに思い出した。
日記というタイトル通り、本書は2006年12月7日から2007年6月30日まで毎日の日記で埋め尽くされている、つまりは主人公が見ず知らずの人を悼む心の経過が毎日毎日記されている。  
短い時は1頁で1日、長くても数頁という細切れの、そのまま日記の形を装った主人公の苦行が記録されているわけである。

当時定年前だったぼくは、来るべき定年後の「サンデー毎日」に少なからぬ夢を、最後の夢を抱いていた、ちっぽけではあるが自由と開放感に憧れてもいただろう、おそらくは。
そんなタイミングで、他人の死を追いかけその人が誰を愛していたとか、誰に愛されていたとか、どんな人生だったかを訪ね歩き、悼む主人公に共感できることがなかったに違いない。
特に前述のとおり生真面目にも主人公が記録を取ったという体裁での日記は単調で繰り返しが多い、決して心躍る展開も期待できそうもないと思ったに違いない、再読しても同じ印象を受け、やはりやめようかと思った。
ただ十数年前と大きな違いがあった、ぼくはその分年を寄せた、死を身近に感じるようになった。

ぐっと我慢して2077年2月まで読み進める、前回は始まってすぐの1月あたりで降参している。
毎日の日記のなかに「ショート・ショート」に見出すようなぴかりと光る天童エッセンスのようなものを感じ始めた。
悼む相手を訪ねる旅先で出会う様々な人たち、死に対して頑な態度をとっていた人が死者を思い出すことで心を緩めていく。死者を覚えておくことが大事なことだと、本書は執拗に説得し始める。

生きている人との濃密な関係を構築するなかで、物語は知らない間にダイナミックな展開に変化する。クライマックスパートでは、何と主人公の恋愛がテーマになってくる、むろん一日単位ではなく、ここに至って日記形式を脱皮し感動のエンディングになだれ込んでいく。

天童荒太さん渾身の直木賞受賞次作、知らずに通り過ぎることにならなかった幸運をいましみじみと噛みしめている。
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