人類最年長 (2019/8/24)

文字数 1,301文字

2019年4月15日 第1刷発行
著者:島田雅彦
文藝春秋



1861年(万延2年)生まれの主人公の自伝タッチで物語は進む。
令和2年時点で159歳、周りの人たちとの不釣り合いを避け、長寿を隠すために彼は4回も身分・名前を変える。妻も子供も、そして孫さえも先に死なれる想像のつかない悲しみの中、そんな彼が事故で運び込まれた病院で出会った看護師にその数奇な人生を語り継ぐ…という形式で物語は進む。

彼の言葉には歴史の重みがある・・・以下引用してみる:

《 明治には明治の気概と絶望があり、大正には大正のグレ方 希望があり、昭和には昭和の怨嗟や やけっぱちがある。平成はしかしもはや私の時代ではなかった、時間は前に進まなくなったので見るものすべてが以前に体験したような気がして、「この道はいつか来た道」のメロディがきこえてくる。戦時中もくだらない奴らが威張り散らしていたが、今も無教養で知性のかけらもない輩が国家を私物化しているじゃないか。人権も民主主義も理解できないバカどもが容易に女性や老人や外国人の差別に走り、時代錯誤甚だしい旧習にしがみついている、奴らの頭の中身は関東大震災の時に朝鮮人を虐殺した連中と変わらない 。》

《 私は文明開化の子だし、科学技術のせいで戦争に負けたことも身に染みている。今確かにテクノロジーの恩恵は被っている。わざわざ出向かなくても人と話ができるようになり、夜の町と家のなかが明るくなり、計算が早くなり、家にいても買い物ができるようになり、その日のうちに全国どこにでも行けるようになり、世界で起きていることが瞬時で分かつようになったが、
要するに自分の頭と体を使わなくなっただけじゃないか。テクノロジーが進化した分人は劣化したね。昔の人間の方が自分の頭と体をよく使っていた。昔の方がよかったという気はさらさらないよ。人間は元々原始的にできているんだから、百年二百年じゃたいして変わりゃしない。 》

《 大抵の人は死を恐れるが、不死そのものは生死を超越した存在ゆえ、死などおそるるに足りない、それは神聖なるもの、不可解なるもの、畏怖すべきもの全般に惑わされずに済むということだ。自ら生ける神仏のような存在になってしまった者にとっては、どんな権威も、偶像も無意味なものになる。死の恐怖をちらつかせて、民を従わせるのが権力者の常だが、不死の人は誰よりもおのが存在の無意味に耐え、生きることの虚無をかみしめてきたのだから、いかなる脅しにも動じない。 》

会津出身の父親の明治時代の不運、日露戦争従軍記者で負傷、関東大震災の悲劇、太平洋戦争後の混乱と戦災孤児、政界フィクサーとの出逢い・・・・僕も明治・大正・昭和という歴史の流れは知っていたが、その底辺で生き抜いていく庶民を一人の視点で百年観続けることの価値を見出した。なるほど そのためにも不死の主人公が必要だったのだろう。

実は物語は、令和2年で終わらない。
著者は執拗に主人公を死なせることなく永遠に生かせようとする、そこで主人公が出会う日本の終末とは?
最後の最後で近未来ディストピアSFに変身する鮮やかな手並み、過去と未来を一気に愉しませてもらった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み