愚かな薔薇 (2022/4/18)

文字数 1,118文字

2021年12月31日 第一刷
著者: 恩田陸
徳間書店



2006年から2020年まで連載された14年ヴィンテージ恩田ワールドには、文句のつけようもない、ただただ読書の愉悦に流されるだけだった。
原則として連載小説には手を出さないので14年間の著者の葛藤に関しては知る術もなかった、今般600頁にも及ぶ大作の形で対面した次第だ。
期間限定カバー(萩尾望都イラスト)に記されているサブタイトル・・・
「美しくもおぞましい吸血鬼SF」の誘惑コピーに幾分違和感を感じながらも、昨年(2021年)の実験的作品「灰の劇場」での満たされなかった爽快感を求めたのは、僕自身の著者への勝手な思い込みがあるから。
デビュー作「六番目の小夜子」、一度目の本屋大賞「夜のピクニック」、二度目の本屋大賞・直木賞「遠雷と蜜蜂」に代表される学園・女学生ジャンルに僕は弱い、
というか大好きなのであり、常にそのジャンルの快感を期待しているのだ。
僕のもう一つの弱点は SF、ファンタジー。
本作にはサブタイトル「吸血鬼SF」とある、もちろん一筋縄のヴァンピエールなどを期待してはいなかった。

物語は小さな町で毎年開催される盆踊りと、同じ時期に開講される宇宙飛行士検定キャンプが舞台となっている。
「おわら風の盆」を思わせるような古くから伝えられた宗教的な踊りと、最先端の星間飛行士の卵たちがその主役だった。
アストロノーツを目指す中学生たちには町の人から「血」が提供される、血のおかげで特殊なパワーが獲得できる。主人公は、そんなグロテスクなものになりたくないと念じながらも心は血を欲しがり続け、その板挟みに苦しむ。
主人公を慕う町の少年、主人公が心ときめかす青年、お金のために誰の地でも吸うと決めた仲間・・・学園ものである。

キャンプに神出鬼没の宇宙飛行士らしい謎の美女、幼い時に殺された主人公の母と犯人の父が蘇る、古い宇宙船の墜落遺跡・・・SF・ファンタジーの中身はあくまでもつつましく日常的ですらあるが、どうやらこのキャンプ計画には隠された大きな秘密があるらしい。

学園パートとSF(全体の8割)を読み終えたところか一気呵成のサスペンスエンディングに流れ込む。
宣伝コピーには「21世紀の地球幼年期の終わり」とも書かれているが、本書はひたすらに日本の懐かしい田舎町に執着する、そこに世界観は片りんもない。
宇宙人も神も邪悪な人間すらいない、穏やかな平和な生活の中に感動の結末があった。

僕は本書の佇まいから「幼年期の終わり」ではなく、逆説的ではあるが劉慈欣「三体・三部作」を思い浮かべた。
科学と暴力と策略で生き延びようとしても人類は宇宙の英知には逆らえない…さすれば人類はその形態を変えるしかないと。
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