謎とき 『 風と共に去りぬ 』矛盾と葛藤にみちた世界文学 (2019/2/20)

文字数 1,635文字

2018年12月25日 発行
著者:鴻巣友季子
新潮選書



何を今更「風と共に去りぬ」なのか?
実はこの小説は僕にとって初めての【文学との遭遇】だった…から
この年になって今更の想いなのである。

小・中学生のころから本が好きだった、小学校の図書館の本はすべて読んだ…ただし歴史書、科学書などのノンフィクションばかり。
今思えば小説の類が図書室には置かれていなかったような気もするが・・・実際に文学を手に取ることは稀だった。
この「GWTW (Gone with the Wind) 」に出会ったのは高校一年の時、入学間もないころだった。フィクションに取り込まれるとはこのことだった、2~3日間 ほとんど徹夜でこの長編をむさぼり読んだ。授業中も、休み時間も読んでいた記憶がある。
読み終わった時 眼が腫れ上がり傷んだ、高校の正門向かいの眼科に診てもらったところ、結膜炎だと云われた。その病が治ったとき、僕の視力は思い切り悪くなっていた、眼鏡をかけるようになったのは GWTWのせいだった。

1939年アメリカで公開された映画は1952年日本でも公開、その後大掛かりなリバイバル上映があったとき、やはり長編の映画(3時間42分)を拝見し、あらためて本作の偉大さにひれ伏した思いがあった。

その後GWTWを再読する機会も勇気もないまま 年を重ねていたところ、本書に出会う。
本書が解き明かそうという「謎」とは次のようなもの:

●なぜ歴史的ベストセラーとなり得たのか?
●一大長編を一気に読ませる原動力と駆動力はどこにあるのか?
●本作の「萌え感」はどこから生まれるのか?
●魅力的なキャラクターたちはどのように作られたのか?
●性悪なヒロインが嫌われないのはなぜなのか?
●作者が人種差別組織K・K・Kを登場させたのはなぜなのか?
●作者が人種差別主義者だという誤解は、この小説のどこから来るのか?
■なぜスカーレット・オハラはまずハミルトン青年と結婚するのか?
■なぜアシュリ・ウィルクスはメラニー・ハミルトンを妻に選んだのか?
■レット・バトラーが初対面のメラニーの瞳に見たものなんだったのか?
■レット・バトラーが唐突にスカーレットを捨てて入隊するのはなぜなのか?
■アシュリはなぜ自分の妻を恋人のスカーレットに託したのか?
■メラニーは夫とスカーレットの関係を知っていたのか?

…と謎を列挙してしまえば、ワイドショーネタのようなお手軽感覚を覚えるところだが、実は内容はとても濃い。
GWTW作者 マーガレット・ミッチェルの生い立ちと母親との関係、ミッチェルが交わした評論家との書簡をすべて原文で検証する著者、 テキスト(小説技法)の詳細に言及しモダニズムに反抗したジャズエイジ(フォークナー、フィッツジェラルド、ヘミングウェイらのロストジェネレーション世代)の背景に迫る。また南北戦争後のアメリカ南部文化の崩壊をもって多様文化を描いたのも第一次大戦後の大きな価値観変更が下地になっている。
つまるところ、「謎とき」はかなり専門的で学術的なものになっている。

謎解き解答概略として 以下の説明が重かった:
▲ヒロインはスカーレット・オハラだけではなく分身ヒロインである
▲本質において単なる恋愛小説ではない
▲白人富裕層の物語ではない
▲テクストは巧緻な文体戦略と現代的なキャラクター造形からなる
▲黒のヒロイン メラニーは純真無垢なだけの聖女ではない
▲赤のヒロイン スカーレットは差別主義の保守的愛郷者ではない、彼女が嫌い抗うのは同調圧力、全体主義、狂信的ナショナリズム、戦争、排他主義、管理・監視社会である

断裂と右傾化の不安な時代を生き抜く現代の我々にとっても頼もしいキャラクターに違いない。
GWTWは過去を懐かしむ時代小説ではない。
過去を礼讃する後ろ向きで感傷的な物語ではなく、今を未来を生き抜こうと足掻く人々のしたたかな物語である。

もう一度 「風と共に去りぬ」を読み返してみたいという想いと、
また視力を失う恐怖に、今僕は悩んでいる。
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