業火の市 (2022/7/6)

文字数 1,261文字

2022年5月20日第1刷
著者:ドン・ウィンズロウ  訳:田口俊樹
ハーパーブックス




ドン・ウィンズロウの新しい三部作、それもマフィア物語とのこと、正直なところ少し手に取るのを躊躇した。

まず彼の代表的三部作「犬の力」、「ザ・カルテル」、「ザ・ボーダー」の重厚長大に手焼いた記憶がよみがえってきたからだ。2005年から2019年まで14年の壮大な時間を一人の麻薬捜査官に費やしたこのシリーズ三部作は読み終えるのにも時間と根性が必要だった。
もはやクライムノヴェルの域を超え壮大なロマン大河文学ではないかと自分の読書力を疑ったこともあった。
この麻薬捜査官シリーズは映画化の途上にある、いかにこのシリーズの魂が全米を揺さぶったかを証明する反面、日本ではそのかけらも想像すらできない麻薬問題がそこにある。

本来ドン・ウィンズロウ作品は小洒落たフットワークの軽いテイストが身上だと思っている、たとえ重厚なテーマを扱ったとしてもだ。
そこでは僕が知る術もないアメリカ市民の生活に接することができる、この特典は読書において大きなアドバンテージだと信じてきた。

さて、「ゴッド・ファーザー」以来の最強のギャング小説・・・などと宣う煽りコピーに、幾分の胡散臭さを嗅ぎながらも第一部に手を付ける。
荒筋は、1986年からたった1年間に起きるロードアイランド州プロヴィデンスでのアイルランドマフィアとイタリアマフィアの抗争の中で生きる者、殺される者、愛する者、憎む者の群像物語・・・と言ってしまえばありきたりのギャング小説との差別はない。
本シリーズの大きな特質はドン・ウィンズロウがギャングサーガをいともカジュアルに書き綴ってくれたことにある。
シリーズ主人公は本当はマフィアの仕事などしたくない漁師志望、マフィア親分の子供、この設定からしてギャング小説のニューウエイブを感じる。
ドン・ウィンズロウは代理店をハーパーコリンズに変えて以来、このカジュアル・エンタメ路線に進んでいるように思っていたが、この三部作第一部ではっきりとその成果を披露してくれる。
重厚長大を経験したカジュアル作家が今一度持ち味のスピード感を正面押し出して、サーガを書いた。

僕は久しぶりの一気読みに耽ることができた、加齢による読書困難というのは根拠のない言い訳だと思い知った。
第一部の最後に、第二部「虚飾の市」の冒頭部がおまけになっている、心憎いマーケティングにも兜を脱ぐ。
今小説離れが世界的兆候であることは読書家として心痛いところだが、作家にとって嘆いてばかりでもいられない死活問題だ。
判りやすい、しかし絶対的に面白い作品を、より多くの読者に読んでもらう涙ぐましい努力を本シリーズ第一部で感じた。

とすれば、小説のレベルはさほど高いものではないと思われてしまっても困る。
ネタバレぎりぎりではあるが、本作はギリシャ神話をベースにしている。
著作権などない古典、長く人類から読み継がれた世界のベストセラーがギャング小説の下地とは商売上手、これはこれで心躍るものだ。
第二部、第三部が大いに楽しみだ。
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