地図と拳 (2022/12/27)

文字数 1,078文字

2022年6月30日 第一刷発行 12月11日第五刷発行
著者:小川哲
集英社


単行本600頁余に及ぶ大作、満州国架空の都市を巡る56年のサーガ、一気に読ませてくれた。
超長編のようにも感じられる本の厚さにたじろぐことはなかったのは1899年から1955年までを時の経過とともに物語られるからであり登場人物二世代分の夢とロマンがギッシリと詰め込まれ
ているからだった。
私事ではあるが、祖父が30年間満州をはじめ朝鮮、中国で野望を育んだ時代を重なること、その祖父をモデルにして
初めて小説を書いたこと、それでも当時の満州で実際に起こったことは永遠に謎に包まれていること、そんな事情も本書に執着した理由の一つかもしれない。

「満州」をテーマにまたは背景にした小説はあまたある。
今作はどちらかというと歴史を改竄することなく、しかしながら架空の都市を創造することで政治的立場はいったん捨て置いたうえで、日本人が選択した負け戦へ突き進む中で、タイトルにもなっている「地図」に隠されたミステリーが最後に解き明かされるという壮大なカタルシスが用意されていた。
といって本作はミステリーというよりは、やはり歴史小説であり、戦争悲劇でもあり、人類の悪しき欲望告発のメッセージも兼ね備えた贅沢な作品である、長大重厚であるのは致し方ないところだろう。

登場人物は、したがって日本人、満州人、漢人、ロシア人であり、職業・階級も多種に及ぶ。
月並みな言い方になるが、真の主人公は本作で作り上げられた架空の都市「仙桃城(シェンタオチョン)」になるのだろう。
奉天にほど近い兵站の要地という設定であり、石炭を産出することなど色々な伏線が最初から張り巡らされていて、収束に至る中でその回収も一つのお楽しみになっている。
その仙桃城に「戦争構造研究所」が1934年設立され日本の未来をシュミレートする。
研究所では模擬内閣を想定して戦争の行方を議論していく、これは近衛内閣での「総力研究所」を模したものだが、若き英才たちの思考がフィクションならではの迫力を醸し出していて、本作数多くのエピソードな中でも忘れがたいものになった。

リットン調査団報告書の時点で日本の戦争突入と敗戦を予見する研究所主宰、その後も次々と日本存続の秘策を生み出す天才、
片や 地図に魅入られた父の悲願を引き継ぐこれまた天才建築家、天才たちでも止められなかった戦争の悲劇。

77年の節目(明治維新から太平洋戦争敗戦、その敗戦から現在)を迎えた日本、日本人が今混乱している。
「歴史は繰り返す、だから歴史に学ぶ」、今読み終わってそんな想いに囚われている。
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