52ヘルツのクジラたち (2021/4/24)

文字数 956文字

2020年4月25日 初版発行 2021年3月25日14版発行
町田その子
中央公論新社



2021年第18回本屋大賞作品、おかげさまで著者の作品とは初めて出会った。
短編集を出されているが、これからの作家であることに間違いはない。本屋大賞でもっともっとパワーアップされることを期待している。

本作の第一印象は、本屋大賞には似つかわしくない…だった。
あくまでも僕個人の意見ではあるが、本屋大賞は本屋の店員さんが選んだ「売りたい本」だと、
最初思っていたし、第10回頃まではそれに応えるエンタテイメント色の強い力強い作品が大賞に選ばれていたように思っている。
純文学でもなく、かといって特定の読者や作家に向けられた賞ではない、とてもビジネスベースのマーケティング大賞という趣が強かった。
無論、大御所作家たちも平等にその審査基準に基づいて評価されていた。

この数年そのような思い込みが間違っていた・・・というか、本屋さん自体が変質してきたように感じていた。
その変化の要因は、ずばり本が売れなくなったこと。
有名なベストセラー作家、それも一部の作家にしか小説を書く、売れる機会がない現実だ。
まして、新人無名の作家にいかなるチャンスがあるというのか?
もしかして、本屋の心優しき店員さんたちがこう思い始めたのかもしれない・・・
売れる売れないよりも、自分が感動した本を選ぶのだ・・・と。

矛盾しているようでこの心変わりはけっして矛盾していない。
お金儲けのために小説を書く作家に、ろくなものはいない、
どうしても書かざるを得ない深くて強い想いに促されて書くものだろう、小説は。
本屋さんがいつの間に真摯で繊細で妥協を許さない文学のお目付け役になってきたのだろうか。

さて本作のことであるが、悲劇である。
ヒーロー、ヒロインもいなければ、壮大な舞台設定もなければ、サスペンスもミステリーもない。歴史絵巻もなければ歴史秘話もない、もちろん手に汗握るアクションなどこれっぽちもない。
あるのは、哀しみのなかに生きていこうとする人たち、かすかな希望に耳を澄ませ縋るように生きていく人たち。
全編このような描写に心が挫けるかと思いそうだが、読了した時今までと違う満足感に浸った。
もしかしてこれは僕たちすべての哀しみなのではないかと、それに気づくことはひとつの進化だから。
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