歌われなかった海賊へ (2023/11/12)

文字数 969文字


2023年10月20日印刷 10月25日発行
著者:逢坂冬馬
早川書房

本屋大賞受賞「同志少女よ、敵を撃て」後、第1作という触れ込みを無視することはできなかった。
かの大賞作は、ソ連軍女性狙撃兵が主人公でナチスの侵略を命を投げうって阻止するヒロイン物語りだったが、ちょうどロシアのウクライナ侵略の時期とあいまって奇妙な高揚感を感じながら拝読した覚えがあった。

そして、本作は一変して、ナチスドイツ終焉期に小さな町でナチスに抵抗した少年少女たちの物語り、いずれも歴史をさかのぼって、外国を舞台としているところに著者の思い入れを感じる。
戦時下ドイツでの子供たちの抵抗運動を描いた日本人作家作品というと「スウィングしなけりゃ意味がない(2017)」を思い起こす。
ドイツならではの豊富な文献を逆手を取った発想が印象的だったが、本作はそんな富裕層の非協力の抵抗ではない、武装抵抗のお話である、当然フィクションなのだが、本作のベースになっているのが抵抗した子供たちの生き残りが小説形式で綴ったというフィクションの二重構造になっており、ナチス末期のドイツを生き生きとよみがえらせている。

戦争成金一族の子供、ナチに親を殺された孤児、親衛隊高官の娘、兵器マニア男子がそれぞれの想いを持ち寄った抵抗グループ、町郊外の強制収容所を発見するキングの〈スタンド・バイ・ミー〉もどきハイキングを山場としたアドベンチャーパートから一転して、ユダヤ人はじめ多くの収容者を救済するために行動を起こす子供たちの戦いがクライマックスになっている。

しかし、前作同様今回も著者独自の世界観を表す熱いメッセージが込められていた、それも最後の一行に。
ナチスの悪行はそれを実行したナチスだけではなく、政権を委ね異議を唱えず、あまつさえ虐殺を見てみぬふりをしたすべてのドイツ人に同等の責任があると断罪しながらも、それでも市井の人間は心の奥深くではひっそりと哀しみ、悔やんでいたのかもしれないと思いを寄せる。

人間は弱いもの、いま現在悲惨な殺し合いを容認する世界を誰が非難できるのか? それほど人間は立派なのか、進化したのか?
国家規模の贖罪の陰に塗り込められた、小さな小さな隠蔽、しかし根源的欺瞞に満ちた許しがたい隠蔽。
ありきたりの結末かと思わせて、最後に自分の中に隠れている脆さ不信を見せつけられた。
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