長恨歌 (2024/3/10)

文字数 1,255文字



2023年9月1日 第1刷 発行
著者:王安憶  訳:飯塚容
アストラハウス 

1994年の中国文学、28年の時を経てようやく日本で刊行された。
揺るぎない大地と形を変え続ける大河のように壮大な物語だった。
1941年~1986年の上海、その上海で命を輝かせ命の光を消した主人公の一生を描きながら上海の街並み(弄堂ロンタン)を綴る歴史絵巻となっているが、そこにいるのは庶民たちだけ、政治も経済も戦争も一切含まれない。

あるのは淡々と一人の美しい少女が考える、想う、悩む、決断することだけだった。
という説明では退屈そうなお話に思えるかもしれないが、執拗に一人の女性に生きざまを追いかける確信的力強さに魅了され続けた。

イントロで上海の街並みを俯瞰で描写する、およそ40頁にわたる(全編620頁)パートは本作の行く先を暗示していた。
上海の美少女である主人公、個性的な親友たち、女学生たちの交流から物語はゆっくりと動き始める。最初の40頁で放棄してはいけない、これは中国のお話なのだから。
例えれば・・・「スカーレットは実のところ美人ではなかった」・・・という類の導入はあり得ないのだろう。
主人公の周辺をしっかりと固めことに頑なこだわりがあるようだ。

このまま泰然とお話が進んでいくとすると、きっと退屈するだろうなと心配になったころ、パンチが繰り出される、主人公がミス上海に応募するという、物語を一気に覚醒させる展開になる、そこにアドレナリンが放出される、小説も読み手のぼくも。
ミス上海三位は庶民の栄光の印だった、祭りの後の倦怠と静けさのなか主人公は上海の権力者の愛人に、じっと豪華アパートで愛人を待つ毎日のなか、過去の亡霊となった友人たちと再会を果たす。
ここまでが第一部、四分の一が終了する。

第二部は有力な愛人を事故で失った主人公が田舎で傷心をいやす間もなく、運命に操られるように上海に呼び戻される。
今度は弄堂(ロンタン)の片隅でひっそりと生きるだけの主人公だったが、男どもが集まってくる。
半ば捨て鉢でその中のひとりの子供を身ごもるが、騒動の末結局一人だけで子供を産み育てる決断をする。そんな中、昔(ミス上海事件のころ)の信奉者が現れ、またも主人公は不思議な三角関係に織り捉えられる。
時は1966年、多くの友人そして唯一の信奉者が消え去っていく、おりしも文化大革命が始まった影響で。

第三部は1976年、主人公と一人娘との微笑ましくも愛情の乏しい諍いを描く。
親子同士の他愛もない軋轢とは異なり、二人は本質的に理解することがない。
この親子の断絶はあまりにも普遍的であり、読む自分自身を恥じ入ることになる。
その娘も結婚して去り行く、主人公はまた独りに戻る。

第四部(最終部)は主人公の悲惨な死に至るまで、人の生き死にを象徴するかのような一コマが続く。
主人公は60歳を過ぎている、懐古主義の若者からの愛を受け入れるが不毛の愛に疲弊し、その挙句に突発的な無残で無意味「死」に遭遇する、しかし上海の弄堂(ロンタン)は昔のまま変わることはなかった。
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