私の消滅 (2020/7/23)

文字数 665文字

2016年6月20日 第1刷発行 11月10日 第3刷発行
著者 中村文則
文藝春秋



「このページをめくれば、 あなたはこれまでの人生全てを失うかもしれない。」
冒頭の文章を読む僕は衝撃と猜疑心とそれを上回る好奇心を抑え込むことができない。
小説の最初の言葉は大切である、すぐれた物語はその一言でわかる、(ような気がするだけだけども)、酷い書き出しの小説に出会うと読むのが躊躇われるのしょうがないところだ。
中村さんの物語も書き出しが大胆だ、誇大と言えるかもしれないが、その内容はいつも鋭い批判精神に満ちていて、広い世界に通じるテーマを扱っている、僕が次のノーベル賞と期待しているのはそういったところにある。

本作は、タイトル通り個人の人生が消えてなくなるという恐怖をテーマに、あるいはアイデンティティの脆さをメタファーした、それでいてホラー要素も加味されたサイコサスペンスとして仕上がっていたが、僕には哀しみに満ちたラブストーリーに思えて仕方がなかった。
当然のことのように、中村ワールドでは世間一般のラブストーリ―は醸成されることはなく、本作では幼児期の虐待トラウマが形成した多く登場人物が自己喪失の狭間で悩み狂う。

サスペンスであるので物語の顛末は申し上げないが、
中村文学であるからには、そうそう単純な結びになることもなく、大団円はもってのほか、しかしながら不思議な魔力に魅せられたように次の展開を追いかけてしまうスピード感のおかげで時折経験する読みづらさは欠片もなかった。

いつもの負のカタルシスに間違いなく感じ入ることができて安堵している。
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