自転車泥棒 (2021/11/12)

文字数 926文字

2018年11月10日第1刷発行
著者:呉明益  訳:天野健太郎
文藝春秋



台湾作家の文学に接するのは初めてだった。
中国系統とはいえ、そこにははっきりと中国・香港の趣とは異なるサムシングを感じた、もっともそれは著者のテイストに他ならないことを重々承知してのことであるが。
タイトルは、デ・シーカの懐かしいイタリアンシネマと同じ、
きっと「やるせなさ」「なつかしさ」を味わうものと、勝手な期待をして拝読した(本来のタイトルは 「盗まれた自転車」)。
たしかに本作のメインストリームは、父が失踪した時乗っていた自転車を探す経緯から派生する物語であるから、タイトルに嘘はない。だが、本作には多種多様なエッセンスが注ぎ込まれている。
「第二次世界大戦史、台湾史、台湾の自転車史、動物園史、蝶工芸史」(著者後書きより)、そして主人公の家族の歴史と重なるように主人公が巡り逢う友人たちの家族史が絡み合っている、それも唐突に複雑に。
だから、軽やかに読み進むことは困難だった。そこに著者の意図するイデアと差し出してくれる愉悦を理解しないままでは僕は前に進むことができなかった。本作が純文学とエンターテイメントの融合と称賛されていることが、このことから十分理解できる。
台湾の歴史を語るには、日本の影を無視することはできない。物語の中に何度も日本統治時代の逸話が語られる。
主人公がヴィンテージ自転車にのめり込むのも日本の自転車がきっかけ、
ビルマのジャングルを駆け抜ける日本軍銀輪部隊の悲劇、
戦力として消耗する象と中国人兵士の怪奇な友情エピソード、
戦場で消えた自転車が樹に抱かれる奇跡、
ファンタジーとメタファーに満ち満ちた物語だった、繰り返しになるが読み解くには忍耐と慣れが肝要だった。

読み応えのある本説だったが、本作の前日譚であり先に書かれた「眠りの航路」が今年8月に日本でも刊行されている。本作との関連はないが、主人公の父が少年だったころ、台湾から高座海軍工廠に徴用された事実をベースにした、これまたファンタジー満載らしい。
高座海軍工廠跡地は現在僕が足しげく通っているコストコ座間店、避けて通るわけにもいかない。
癖のある呉明益作品だが、そこに病みつきになりそう、こちらも読んでみよう。
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