砂に埋もれる犬 (2022/5/9)

文字数 1,248文字

2021年10月30日 第一刷発行
著者: 桐野夏生
朝日新聞出版



宣伝コピーの中で際立つ二つの言葉がある、「母親という牢獄」、「女たちへの憎悪」。
加えるに、帯に書かれた紹介コメントが下記の通り強烈だった:
《小学校にも通わせてもらえず、日々の食事もままならない生活を送る優真。母親の亜紀は刹那的な欲望しか満たそうとせず、同棲相手の男に媚びてばかりだ。そんな最悪な環境のなか、優真が虐待を受けているのではないかと手を差し伸べるコンビニ店主が現れる。ネグレクトによって家族からの愛を受けぬまま思春期を迎えた少年の魂はどこに向かうのか。その乾いた心の在りようを物語に昇華させた傑作長編小説。》
僕が桐野さんのディープなファンでなかったら、決して手を出す類のテーマではない。
言葉を変えると、桐野さんの容赦ない現実直視と潜みうる悲劇への警告と鎮魂こそが、僕が長年桐野ワールドを支持してきた拠り所でもあるとすれば、本書を手に取らない理由はなかった。
ただしである、キーワードから連想するように母親への恨みから女性憎悪という心の闇に覆いつくされる男子中学生が本作の主人公である代わりに、桐野作品に欠かせない不屈の女性も抵抗をやめない女も本作には登場しない、桐野ワールドとしては異色のキャスティングに僕は当初戸惑うばかりだった。

さっさと自分の子供を捨て男に従う母親、実はそのまた母親も同じだった、負の連鎖が止まらない。
男たちは暴力偏向だったり、異常者だったり、当然ろくなやつはいない。
少年を保護したコンビニ店主は脳性麻痺の娘を20年間看病し、亡くしたところ、疲労しきった心身と理屈っぽい使命感が面倒くさい。
児童相談所の女性担当者は献身的で能力もあるが案件が多く対応しきれない、役人の現実を絵にかいたような歯がゆさが充満する。
少年の通う中学の生徒たちの無関心と排他性は、多様性受容どころか日本旧弊の閉鎖と異物拒否をさらけ出す。
中でも、少年が恋する女学生には、傷ついた少年を理解する知識はもとより感性のかけらもない・・・「キモイやつ」で終わる。

でも、彼らはみんな、今の日本ではいたって普通の人たちでもある。普通の人たちの中で孤立し、心の闇を深めていく少年、誰も彼が求めるものをわかってやれないのか?
母親から見放され誰にも気づかれることなく、弟と二人きりで飢えていく少年はデジャブ、映画「誰も知らない(2004)是枝裕和」で衝撃だった。さらに本作は是枝フィルムから20年に至って悲劇は何も変わっていないこと、虐待された子供の心の歪みを容赦なく暴いていく。貧困と虐待が子供たちを蝕む、その過程をこれでもかというまで執拗に突き詰めていく。
ネグレクトされた子供の復讐、大人への不信、どこに救いがあるのか? 本書の残酷さを改めて痛感し、桐野ワールドを疎ましくすら思うその時、最後の最後で僕は救われる、大きな感動に包まれる。
やはり、桐野ワールドの主役は強い女性だった。
今作のヒロインは母という生き物、改めて「母は強し」を学ぶことになった。
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