君が手にするはずだった黄金について (2023/10/28)

文字数 842文字



2023年10月20日 発行
著者:小川哲
新潮社

直木賞受賞第一作、にしてはカジュアル傾向の力みのないな短編集のような最初の印象だった。
収められた6編を読み進むうちに連作ではないものの、関連性の高いテーマが数珠繋ぎのように隠されていて、そのひとつひとつが小説家になった著者の想い、直木賞作家の覚悟に繋がってくる。
つまるところ直木賞受賞第一作にふさわしい、エッセイを装った小憎い作品集だった。
とはいえ、小説家になる過程の著者の隠れ無き心の揺れが、それはそれで興味深かった。

6編の感想を短くまとめておく:
1.プロローグ
小説家としての原点を説く。
「個人の名前には記述では回収できない剰余がある」とする。
回収できない剰余に想い馳せ日々を過ごす。
2.三月十日
2011年3月10日、大震災の前日自分は何をしていたのかを探る。
《失われた時を求めて》を実践し、その日は何もしていなかったことを確認する。
3.小説家の鏡
あの3月11日のことは皆覚えている・・・本当に?
前日 3月10日は何をしていたか覚えている。
執拗に第2話のテーマを繰り返す設定のなか、本編では「占い師」と「小説家」は嘘に対して誠実に向き合う点で同類だと結論付ける。
4.君が手にするはずだった黄金について
これも前のエピソードに被る。
最初から勝ち目のない投資詐欺に手を染めた高校時代の知り合い。著者と正反対の思考の持ち主なのに「虚構」に夢を与えるという点では小説家と同じだとする、執拗な小説家矮小論。
5.偽物
偽の高級腕時計をまいた漫画家との交流から、繰り返し自分を見つめる。
創作は弱点を強みに変える行為であり、弱点は物語りにおける弱点であり作家のそれではない。
作家は自己弁護を目的に創作するべきではない、むしろ話を面白くするためにどれだけ自分の弱点を曝け出しても構わない覚悟が必要だ。
6.受賞エッセイ
締め切りが迫る短編小説の構想に悩み、クレジットカード不正使用の後始末に追われ、山本周五郎省候補の緊張に耐える一日。
そして小説家を自覚する一日。
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