サガレン 樺太/サハリン境界を旅する (2020/8/15)

文字数 1,334文字

2020年4月24日 初版発行 7月15日 再販発行
著者 梯久美子
角川書店



「散るぞ悲しき—硫黄島総指揮官 栗林忠道」(2005年)で梯さんと巡り逢ったのは、同じ時期にイーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)が製作されるとの情報に接していた興味からであって、どちらかというと純粋なものからではなかった。
その当時、ノンフィクションといえば僕は佐野真一さんの衝撃的作品群に魅了されていた。
その後、巨匠佐野さんが姿を消した代わりに、「狂うひと — 『死の棘』の妻・島尾ミホ」(2016年)、「原民喜―死と愛と孤独の肖像」(2018年)において文学者の実生活を今までとは異なった角度から評伝・批評する独自の、いわば梯スタイルが確立されていくのを楽しみにしている。

そのお楽しみボーナスは、多くの研究者が発掘できなかったサプライズ新発見に尽きる。
と説明していくと、文学者の私生活などはどうでもいい、またはその人すら知らないのに
何が面白くて実在の作家の秘密を暴いていくのか?という単純な疑問が浮かんでくる。
僕も島尾敏雄には詳しいわけではなく、原民喜に至っては初めて聞くお名前だったにも関わらず、梯ノンフィクションを手に取ってしまうのは、梯さんのサービス精神に溢れた取材経過やら最後まで切り札であるサプライズ事実を明かさない、小説であれば「どんでん返し」的要素をノンフィクションにそそいでいる努力に屈してしまうからだ。

無論ノンフィクションと言えども、部分的には叙述的なトリック構成もあって然るべきと思う、事実関係だけで顧客を満足させるのは情報過多の今ではビジネスにならない・・・と言っても捏造、剽窃は論外ではあるが。

さて今作でレポートされるマニアックなサハリン鉄道の旅には大物作家がお二人関係してくる、宮沢賢治とチェーホフ、時代は異なるが二人はサハリン(サガレン)に旅しており、当然のように書き残したもの今に伝えられている。
特に宮沢賢治のサハリン旅行が妹を亡くした直後のことであり、旅行中作られた詩に込められた強い悲しみを梯は読み解いていく。おそらくは数多の宮沢賢治研究家の解析以上のものではないのだろうが、宮沢賢治ファンでもない僕には特段不都合なところもない、
「廃線テツ」と自称する梯の魅力ある語り口にいつもの様に魅了されていくだけだった。

お約束の、サプライズはサガレン旅行の後に発表した「銀河鉄道の夜」に登場する「白鳥の停車場」が、かってチェーホフも訪れたというサハリンの白鳥湖をモデルにしたものかどうかという検証の顛末だった。
例によって二人の作家の書き物から、あるいは古書からの推察が興味深い、その真相はぜひ読んで確認していただきたい。
今回も僕にとって重要でもない著名作家について膨大な資料事実を学習した、ちょっと物知りになったようで得した気分にもなった、これが梯ノンフィクションの醍醐味である、そういえば佐野ノンフィクションとはベクトルが全く反対だったんだな・・・と痛感した。
読み終えた後、サハリンの歴史に登場する先住民、ロシア人、日本人、ソ連人たちの名も無い生き様が、僕のなかに根付いていた。
上品且つエキサイティングな 地味ノンフィクションを次回も期待している。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み