怪物 (2011/11/18)

文字数 977文字



2022年1月30日 発行 
著者:東山彰良
新潮社


小説本編の前に著者からの挑発が記されている。
以下抜粋してみると・・・
「この物語はわたしの夢である。この物語では現実に起こったことも、起こらなかったことも、重要なことはつねに夢の引力にさらされている。私がしたことと言えば、夢の中で掴んだ真実をこの物語に織り込んだだけだ。苦労して長い物語を読まされたあげく、それが誰かの夢だなんて、あんまりと言えばあんまりだ。いわゆる夢オチというやつが腹立たしいのは、書き手がその切り札を飛び道具みたいに最後の最後まで伏せているからだ。
あなたはそれでもつづきを読むだろうか。だとすれば、ここから先は自己責任だ。あなたはこれからネタが割れた物語を読まされることになる。それとも、こんな小説は読むに値しないだろうか。」

夢を書き留める作家と言えば島尾敏雄を思い出すが、ミステリー分野の東山彰良がネタ元は夢だと宣言する以上、どのような展開になるのか興味津々で徹底的にお付き合いしてみた。
台湾生まれの作家(著者の分身のような作家)が狂言回しのように出版業界の内面をされけだしながら流行作家の悲哀と傲岸を幾分自虐的に書き進める一方で、彼のベストセラー作品のなかの主人公である彼の伯父の中国での脱出冒険譚が進行する。
伯父と一緒にスパイ飛行の末撃墜された日本人の証言が持ち込まれ、小説の中身が微動し始める。伯父たちが戦った当時の毛沢東思想と貧困、中国本土から逃れ台湾に戻るストーリーが変化する、暴虐な「怪物」は本当は誰だったのか? 実在したのか?伯父のエピソード自体真実なのか?

本作は、作家の愛と欲望の日々の中で突然遭遇する暴力などの夢のような日常と、文革真っ只中の中国で生き残る伯父の夢のような殺戮物語りが交錯する。
いったいこの小説は何処に向かっていくのだろうか、何度も苛立を積み重ね、しかし読み進むしかなかった。

島尾敏雄の私小説が夢に基づくことが多いと前述した。
本作もよくよく振り返ってみればフルスペックの私小説だったのかと思い至る。
編集者との愛に傷つき、伯父の小説の修復を図る作家の精神の揺るぎが夢に現れた、そのままを物語にしたのか?
冒頭の宣言は、さすればミステリーの名前を利用した私小説宣言プロローグだった、そう勝手に結論した。
こんな小説は経験したことがない、それは認めざるを得ない。
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