囚われの山 (2020/9/17)

文字数 989文字

2020年6月25日 初版発行
著者 伊東潤
中央公論新社



表紙帯の宣伝コピーに曰く:
「歴史時代小説の名手が未曾有の大惨事を素材に挑んだ渾身の長編ミステリー」とある。
これだけのお誘いだけでは通常はその手には決して乗らないのではあるが、
テーマが「八甲田山行軍遭難」という味噌に嵌まってしまった、大人げないことだった。
僕が1977年製作の「八甲田山」を大のお気に入りだからというだけの理由ではあるが、
高倉健様主演のこの作品は映画史上稀に見るか過酷なロケ撮影を敢行し、自然の恐ろしさと
人間の愚かさを対比して描き出した名作である以上、新しい視点でのミステリーを目にした以上放っておくわけにはいかなかった。
(今であればVFXでどうにでもなる吹雪のなかでの撮影は圧巻だった)映画はDVDにて所蔵し折に触れ拝見しているので本事件の概要については承知しているつもりである、たとえそれが原作の「八甲田山死の彷徨」ベースのものであれ。
また、秋の季節ではあったが実際自分の目で八甲田山の威容を垣間見たこともある。

結論から言えば、本書は駄作である。
ミステリ小ー説としても歴史小説としても、一歩譲って歴史ミステリー小説としても僕の感性に耐え得るものではなかった。
1902年(明治35年)を歴史のなかに押しとどめることすら腑に落ちないし、日露戦争を目前にしての帝国陸軍の体感研究演習であることが明白であるにもかかわらず、その一点をミステリー扱いにする構成に腹立たしさを感じた。
物語りの進行役は歴史雑誌の編集者、出世から縁遠く離婚調停中の人間が新しい謎を発見して追及するという設定もあまりにも安直であり、その謎が現在に及ぼした因果関係に至っては噴飯ものの展開だった。
一方で、青森歩兵第五連隊の中隊の遭難、彷徨そして死にかかわる描写は当然のごとく壮絶であるが、映像に深く接した僕には文字通り彷徨する位置関係も文章では説明不明で理解しにくいものでしかなかった。
とはいえ、この遭難シーンは本書のなかで唯一説得力のある部分だったのは不幸中の幸いと言っておこう。

ミステリーのコアとなる「消えた一人」の運命はあまりにもミステリーのためにする設定でしかなく、遭難事件本来の悲惨さから大きく逸脱するくらいの違和感がある。
ダメ押しは エピローグとして紹介される語り手(編集者)のその後、最後のパートで本作はコメディになってしまった。
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