われらが痛みの鏡 上・下 (2021/9/23)

文字数 865文字

2021年6月10日印刷 6月15日発行 
著者:ピエール・ルメートル  訳:平岡敦
ハヤカワ文庫



あのピエール・ルメートルの歴史三部作が完結した。
このピエール・ルメートルは、謎ときもトリックもどんでん返しもない歴史の一片を
粛々と調査し物語りに昇華してくれた。
どちらかと言えば、凡庸かと思われるようなテーマ 「歴史の中で生きた人、亡くなった人」を再現している。
無論、群像小説の醍醐味であるところの無名の個性豊かな登場人物が一つのきっかけで集まり、そこに愛憎が生まれるという展開は、ルメートルにとって得意な分野には違いないだろう、僕は読者として過大な期待や刺激を求めてはいけない覚悟をもって手にしているこの歴史三部作シリーズだ。

第一部「天国でまた会おう」と第二部「炎の色」は主人公に血のつながりがあった、前者は第一次大戦で負傷し、犯罪者になる富豪の息子であり、後者はその姉がナチスが台頭する不穏な社会情勢の中で家族企業を守り抜くという筋立てになっていた。
本作は、前述のとおり群像形体を取っているため多彩な人物が登場する、マジノ線要塞から脱走する仏軍兵士、自殺に巻き込まれる女性教師とアルバイト先のレストラン店主、機動憲兵隊曹長夫婦、そして極めつけは生まれながらのペテン師。
彼ら個性豊かな人間が、1944年6月の南仏への大脱出の混乱の中で遭遇していくところに奇跡が生まれる。
前二作との関連は小学校教師が第一作の仮面の負傷兵に懐いていた少女だったこと、大した関連ではないが。

本作は、僕としてはあまり知識のなかったフランスがドイツに侵略される経過を詳細に描く、どちらかというと楽しいお話にはならない。
仏軍の為体、政府の混乱、難民流入、一気に人間の悪行がさらけ出されると同時に、一方では人間の優しさ、正義が試される。
勧善懲悪ではない、戦争の愚かさを踏まえたうえで人間の秘めたる能力を讃える本書は、現在の混乱しきった世界に、何らかのヒントを与えてくれる。
歴史小説、それもかって陽の目が当たることの無かった素材を選び抜いたルメートルの力業に感心した。
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