英国諜報員 アシェンデン (2023/7/10)

文字数 870文字

平成29(2017)年7月1日 発行
著者:サマセット・モーム  訳:金原瑞人
新潮文庫


サマセット・モームが実際にスパイだったというベースで書かれた短編連載作、前書きでは本書の内容は事実ではなくフィクションだと念が押されている、何故なら事実は感動するほどのものではないからだとの説明がある。
前々からモームの諜報員小説の高い評価を聞いていたが、取りこぼしていた本作をようやく手にし愉しむことができたことに安堵している、間に合った・・・という想いである。

英国のスパイ小説は世界的大ヒットしたイアン・フレミング(007シリーズ)が特に有名だが、グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレの手による格調の高いスパイ・テイストが伝統のようだ。
それらの源流とも言われている本書は、モームでしか再現できなかった事実に基づいた壮大な人間模様だった。
スパイ活動に絡まる人間たちを「壮大」と表現するには矛盾があるようにも思えるが、本短編連作は時系列としては第一次世界大戦から始まってロシアのボルシェビキ革命まで、モームの諜報活動の道筋に沿って語り継がれる大河になっている。

コアとなる主人公アシェンデンと上司「R」、その他の登場人物はスパイ活動の中で邂逅する敵であり、仲間であり、情報提供者達、彼らの個性が本作を何重にも彩り、重厚にも軽快にも変幻自在に移ろわせる。
なにより16編の短編に与えられたタイトルが魅力的だった。
そこには主人公と巡り合う人物の名前が多く採用されている・・・「R」、「ミス・キング」、「ヘアレス・メキシカン」、「黒い髪の女」、「ギリシャ人のスパイ」、「ジュリア・ラツァーリ」、「グスタフ」、「裏切り者」、「英国大使」、「ハリントンの洗濯」の10編。
スパイ小説を読んでいるつもりが、そのスパイたちの心に魅せられ、結局は知らぬ間にモームの人物描写の虜になっていた。

1928年に発表された本作はその後のスパイ小説のモデルになる、小説の材料のために諜報員になったモームの願いは叶ったことだろう。
100年近くの時を経てまだその輝きが失せることのない名作だった。
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