残月記 (2023/8/17)

文字数 1,132文字

2021年11月21日 第1刷発行 2022年1月27日 第3刷発行
著者:小田雅久仁
双葉社


「月」をテーマにした三部作、思いがけず新鮮なファンタジーに接した。日常に潜むホラー、かって接したことのないポスト・アポカリプス、現日本を揶揄するかのようなディストピア、多様な瑞々しさに心が洗われる。

◆「そして月がふりかえる」
月の裏側しか見えない一種裏世界(パラレルワールド)に誘われたプチ成功男性主人公の心の葛藤が丁寧に描かれる。
カフカ『変身』がアイデンティティに及ぶと考えると、本作はSFホラーファンタジーとして単純に怖がっているわけにもいかない。
ある日ある時空で自分の存在が消失し代わりに新しいものに変身させられる・・・それは現代においてさほど稀なことでなくなった。
主人公の家族を想う姿に同情し、変身被害者の呼びかけに戦慄した。

◆「月景石」
現実世界から大きく跳躍して異次元世界の終末に立ち向かう平凡な女性、今まで有りそうでいながら経験したことのない世界観に心が震える。
夢のなかの悪戯なのか、怠惰な現実が夢なのか、その区別ができなくなる新感覚ポスト・アポカリプス短編だった。
怪しい月桂樹が支配する月の裏側コロニー、魄石を身体に宿す特殊能力者に変身する主人公が地球と月を救うことができるのか?
本編はアイデア習作のようでもあり、しからば骨太なSFアドベンチャー長編で愉しみたいとは思うが、短編ならではの余韻とアイロニーも得難い。

◆「残月記」
本書の半分のスペースを占める表題作品、「月昂」ウィルスに感染した月昂者が主人公。
満月時に異常な活力を迸らせることから極悪非道とされ、生涯監禁拘束される運命にある月昂者。
「月」がここでも作品のテーマに重くのしかかるが、これまでの2作に比較してスペキュレイティブレベルが高いと感じたのは、本作が書かれたのが2019年、あのコロナウィルスパンデミックと時を同じくしているからなのだろう。
加えて、権力陶酔型の首相に率いられた時の政権が勝手放題するという設定も、2019年の現実を直接メタファーする。
そんな独裁者の趣向に基づいた月昂者同士のグラデュエイター競技に呑みこまれる主人公、生き残るためには対戦相手を殺すしかない。
そして、追い詰められた主人公に芽生える純愛、同じ境遇の男女にしかわかりあえない生・死・愛。
物語は、現実を予言するように独裁者暗殺計画に進展する、むろんこれは偶然のなせるところに違いないが、ぼくは正直真に慄いた。
というと、血なまぐさいポリティカルアクションのようにも思えるが、その背景にまたも月に生きる人々が登場する。
月は虐げられた人たちの最後のユートピア、斬新なディストピア物語が最後に純愛物語に変身する、めでたしめでたし。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み