鈍色幻視行 (2023/7/31)

文字数 1,283文字

2023年5月30日 第1刷発行
著者:恩田陸
集英社


15年間連載した恩田陸最新長編小説を確信をもって手にする。
彼女の作品は数多く、すべてを網羅して読む根性のない身としては、これぞという名作の匂いを嗅ぎ分けて選ぶ作業をしてきた。
もちろん、駄作が中に混じっているという意味では決してなく、当方の読むパワーが足りないからに他ならないことは言うまでもない、念のため。

「六番目の小夜子(1992)」から始まり、「なんとかしなくっちゃ 青雲編(2022)」まで恩田陸代表長編はフォローしてきたなかで、学園ジャンルには甚く心をそそられ、近年では実験的小説作法にも心動かされてきたが、そのベースはあくまでもミステリー。

さて、本作の主人公は1編の小説「夜果つるところ」。
この本1作だけを書き上げて消えた著者の素性が不明、性別さえも定かでない。
映画化の試みが2回、そのたびにスタッフ、キャストが死亡する不可解な事故が生じてお蔵入りになっている。今回TVドラマ化が再度計画されたが、脚本を仕上げた後 作家が自殺するという、いわゆる「呪われた小説」をその関係者が喋り尽くしていく構成になっており、その舞台が2週間のクルーズ船。
中国、ベトナム、香港での息抜きのような観光シーン以外はびっしりとインタビューと主人公夫婦の心の揺れ動きが描かれ、名探偵謎解きミステリーのような古色蒼然とした中に、恩田ワールドのミステリーがきっちりと刻み込まれる、思った通りの名作だった
豪華クルーズ船に集うのが、映画を撮った映画監督その妻の女優、プロデューサー、出版に携わった編集者、高齢の映画評論家、漫画家姉妹、語り手(主人公)としてこの企画でノンフィクションを企画している作家とその夫。

これら群衆登場者のそれぞれに、曰怨念が渦巻くところも長編のなかのお約束になっており、主人公夫婦のそれぞれの元連れ合いに関わるエピソード、漫画家姉妹のエキセントリックな家族葛藤、老評論家のゲイのパートナー、そして映画業界ならではの逸話・秘話がびっしりと盛り込められている。
果たして、著者は生きているのか、その正体は?
果たして、死者を呼ぶという本の呪いは本物なのか?
果たして、語り手の作家は真実を解き明かすのか?

「名探偵 皆を集めて 《さて》と云う」などという川柳をなぞるようにその大団円で主人公が《さて》という、まさにとっておきのミステリー解明だった。

ただし、恩田さんは今作ではミステリー帰結だけにとどまってはいなった。
小説最後の文章以下にに紹介する、ミステリーが見事に文学作品に昇華変身する、またまたすごいことをやってくれた。
引用―
誰も辿り着くことのできない夜、果たされることのない、儚い約束だけがある遥かな夜へと。
分かっていても、我々は旅を続ける、終わることのない旅を、必ず道半ばで中断することが運命づけられているそれぞれの旅を。
恐らく、目的地に至ることなどないと悟った時に、初めてその景色を目にすることができるのだろう。
我々の長い旅が終わる場所、誰もが遠くに仰ぎ見ながらも、決して手の届くことのない、夜の汀が果つるところを。
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