日没 (2020/10/4)

文字数 990文字

2020年9月29日 第1刷発行
著者 桐野夏生
岩波書店



オーウェルの「1984」と同じように、僕の心の不安に手を突っ込んでかき回された思いがする、
桐野夏生の「2020」と称してもいいような本書だった。

ストーリーはシンプル、
総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会からの召喚状を受け取った作家が断崖絶壁の上に立つ
療養所に収容され、そこで繰り広げられる矯正生活が恐怖のなかで描かれる。
主人公の作家が異常性愛を好んで描きそれなりの評価を得ている一方で、読者から告発があった
という理由でいかにも怪しそうな施設に監禁され、そこから始まる作家と国家権力との虚しい
闘いが始まる。
そこには、権力をかさに着た職員、正体不明の従業員、時折見かける同じ境遇の作家たち、
このまま療養所で朽ち果てるのか、それとも脱出するのか?
主人公がいみじくも語るように、まるで映画「パピヨン」のダスティン・ホフマンの様に悩む。
自分が決してスティーブ・マックィーンではないことを自覚している主人公だった。
その結末は、近未来ディストピア・ミステリーであるからにはここで触れるわけにはいかない。

桐野さんは「強い女性」または女性の権利を意識した作品を書き続けてきているハード・ボイルドな作家で、ほぼすべての作品を僕はキープしているくらいのお気に入りだ。
近年(僕の勝手な解釈だが)スランプが続いていたようで心配していたが、昨年あたりから以前のようなパワーが復活してきた。
本作は、そんな時期にこそ手掛けたかったテーマだと忖度している、というのも本作のキーとなるのが「ヘイトスピーチ法」の拡大解釈への危惧であり作品のなかでも 
《有害図書と認定されるとその図書への課税率が上がるだけでなく作家の更生が必要となる》
というくだりがある。
ヘイトスピーチと小説は違う・・・という主人公の悲痛な叫びが療養所に響く。
ヘイトスピーチ法の裏にあるのは、健全な書物には権力への批判・中傷は許されないという解釈である。表現の自由は、何にもまして人間には大切である。
一方で、本の影響力は近年ますます低下しているのではないかと僕は心配している、ネット文化のなかで書物が生き残る道があるとすれば、それは小説のなかでしか実現できないような現実への厳しい見方だろう。
本書は作家 桐野夏生さんの警告書であり、読者に発せられた挑戦になっている 
「さぁ あなたならどうするの?」
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