壊れた世界の者たちよ (2020/9/22)

文字数 2,012文字

2020年7月20日 第1刷
著者 ドン・ウィンズロウ( DON WINSLOW ) 訳 田口俊樹
ハーパーBOOKS



ここのところ 麻薬ビジネスに関する大河小説に注力していた著者だった。
「犬の力(2009年)」、「ザ・カルテル(2016年)」、「ザ・ボーダー(2019年)」 三部作の長大重厚さには長年のファンとして何とか食らいついていけたくらいヘビーだった、むろん著者の集大成、代表作であることに間違いはない、すでにデカプリオ主演で映画化も決まっていると聞いている。

超大作完成後の2020年に出てきた本書が「中編集」であったのは、その意味から著者の気持ちが
忖度できるようだが、それにしても中編小説のドン・ウィンズロウはどうなのか?
そんなこんなの懸念は見事に払拭される、本作は中編小説集として稀に見る質の高いものに
完成していた。
収められているのは6編、あまりにも味わい深い趣の異なる6編なので少しうるさいかもしれないが、各編への感想も付け加えることにする:
1.壊れた世界の者たちよ (BROKEN)
中編集のタイトルにもなった第1編は、弟を麻薬売人に惨殺された兄が、仲間たちと一緒にその一味を皆殺しにるるという典型的な復讐物語、ただし復讐4人チームが全員警察官(ニューオリンズ市警)であるところが味噌である。長編「ダ・フォース(2017年)」のベースになるような
クライム・ポリスストーリー、小説として表現出来得る最高に残虐な銃撃戦に圧倒される。

2.犯罪心得一の一 (CRIME 101)
スティーブ・マックィーンに捧げられた一編、完璧な知能的宝石泥棒と彼の存在を一人だけ信じて追い続ける警部補(サンディエゴ市警)、最後にして最大の計画でぶつかり合う二人、裏社会と警察組織のなかの一匹狼同士の知恵のしのぎ合い、映画「華麗なる賭け」、「ブリット」、「ゲッタウェイ」の慄きが今また蘇ってきた。

3.サンディエゴ動物園 (THE SAN DIEGOZOO)
エルモア・レナードに献じられた一編であるが、テーマである心温まるエピソードをもってしてその理由なのか、今一つ詳細は不明。サンディエゴ市警の若いパトロール警官が主人公、あろうことかある夜拳銃をもって動物園を脱走したチンパンジーを保護するところから物語は始まる。
(2で登場した)強盗課警部補が再度登場、強盗課刑事になりたい主人公がチンパンジーの拳銃捜査をする中、チンパンジーの美しい飼育係との恋の行方も気になりながら最後は心優しい気持ちに包まれる。

4.サンセット (SUNSET )
チャンドラーに捧げられた本作には(3)のラストで顔出しした保釈金保証業社長、サンディエゴ大学英語教授二人の老人のハードボイルド、なるほど、これはチャンドラーに捧げられるのも当然だった。
ビッグサプライズはなんと あの「ストリートキッズ」のニールその人が老教授、相変わらず口の減らないところが愉快で懐かしい。保釈中に行方をくらました伝説のサーファー(今や薬まみれだが)を探し出すのが物語の大筋だが、実際の捜索活動は あの「ドーン・パトロール隊」のブルーをはじめとする屈強なサーファー仲間たちが登場してくる。
ドン・ウィンズロウ ファンであれば泣けてくること間違いなしの楽屋落ち物語、それにしてもこの徹底したサービス精神に感激した。

5.パラダイス ベンとチョンとOの幕間的冒険 ( PARADISE )
もうどうにも止まらない・・・ドン・ウィンズロウの世界に入り込む5作目は、彼の名作の主役たちの揃い踏み。
それはあたかも 新型コロナ感染拡大のため新しいドラマが製作できない代替として昔の名作を放送するTV局の様にも思える。(とりあえず)主人公は「野蛮なやつら」のぶっ飛び三人組(ベン、チョン、オフェーリア)、「ボビーZの気怠く優雅な人生」の偽ボビー、「フランキー・マシーンの冬」の伝説の殺し屋その人フランキー、彼らが一堂に会し、ハワイカウアイ島で現地マフィアとの大銃撃戦となる、サブタイトルにも(幕間的冒険)と銘打たれているとおり、ここではシリアスに考えることなくこのオールスターアクションを面白がることが肝要だろう。

6.ラスト・ライド ( THE LAST RIDE )
主人公は国境警備隊員、テキサス人ならではの根っからの共和党員だが、不法に国境を越えてきた母娘が引き離され、ひとり檻の中に閉じ込められた子供からじっと目を見つめられると、不安になる「一体俺は何をしているのか?」
巨大な官僚組織、差別偏見のなかで主人公はカウボーイらしく自分一人で解決方法を見つける。
6歳の少女を連れてメキシコに逃げる、そのお供は長年一緒に暮らした愛馬ライリー。
ドン・ウィンズロウ作品には珍しく、本作には政治的なメッセージが投げかけられている。
いや、政治的というよりも人間的な問いかけだろう、あの大阪ナオミの投げかけたものと同じだった。
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