チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々 (2020/5/28)

文字数 1,648文字

平成30年1月1日 発行
著者 チャールズ・チャップリン  訳 中里京子
新潮文庫



チャップリン自らの手による本物の自伝、その後半は1913年キーストンスタジオにスカウトされ、そこで才能を開花するところから始まる。
契約に従って喜劇作品を制作・自演する中で、あの一世風靡のスタイルを作り上げる、
「ちょび髭とだぶだぶズボンに窮屈な上着と山高帽とステッキ」。
この扮装に込められたものは、ルンペンであるからこその自由な行動と奔放な考え方、落ちぶれた身なりはしているが計り知れない魅力。
此処にチャップリンの映画人として躍進、喜劇でありメロドラマであるチャップリン作品が輝き始めた。僕はサイレント映画マニアではないので、今に至ってそのころのチャップリン作品を見ることもない。

チャップリン作品はアメリカ発、世界中で爆発的人気をはくし、ハリウッドで自分のスタジオを持つまでになる。もっとも当時のハリウッドは西海岸のド田舎町だったようだ、つまりチャップリンは元祖ハリウッドセレブだった。
その勢いで配給会社ユナイテッドアーティストを創設した…これは僕の知らないことだった、
ましてダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードとの共同設立だったことも、セレブどころではない彼こそはハリウッドのタイクーンだった。

「キッド(1921年)」、「黄金狂時代(1925年)」、「街の灯(1931年)」、「モダンタイムズ(1936年)」、「独裁者(1940年)」、
このあたりの作品は僕にもなじみがあるものだが、それでも僕の生まれる10年以上前の名作だ。

ところで自伝には数多の名作の製作に関する記述がない、「たいへんだった」という一言で終わらせている。まさか彼の映画製作技術を隠したわけでもないだろう、天才は自分の苦労話はしないに違いない。

ということで、自伝後半「栄光と波瀾の日々」のうちの栄光の日々が後半の大部分を占める。
ハリウッドにいてもニューヨークに滞在していても世界中の著名人がチャップリンに会いに訪れる様子が綿々と記されている。
恥ずかしながら輝くばかりの称号や高名に、僕がほとんどが不明なのは一般庶民の身としては致し方ないことだが、それでも僕ですら「う~ん」とうなってしまうようなセレブたちと交流するチャップリン、自慢話がちょっと鼻についてきたころに起きる悲劇。

チャップリンが非米活動委員会から容共的と非難を受け、ファンからもバッシングされるようになったきっかけは、第二次世界大戦参戦を求める演説を政府から依頼されたときから始まっていた、と自伝にある。
いわゆる「赤狩り」の対象になったのはチャップリンのみならずリベラル思想の文化人たち、とくにハリウッドの映画人はその標的にされた。
現時点でトランプ大統領に厳しく批判姿勢を貫くハリウッド映画人はその伝統を受け継いでる。
話はそれるが、アメリカという連合国家がいかに保守的であるかということは今に始まったわけではなく、この国の土台を支えるものである。
社会主義を嫌悪する国民性は「国民皆保険制度」を拒否し、その結果今の新型コロナパンデミックで多数の犠牲者を数えている。

またまた話がそれるが、有名人は政治にかかわってはいけないというチャップリンの追放騒動と、先日の検事長定年延期にかかわる芸能人ツイッター顛末に同じ危うさを感じている。

閑話休題、
チャップリンは共産主義者ではないが、思想や宗教が異なるからと言って人間を誤って評価することはしないという。その思想は幼年時代の苦しさに大きく影響を受けている。
彼がアメリカで大成功をおさめ億万長者になり、そして名誉を汚され追い出される、それでも家族との愛に誇りを隠さないチャップリン、その想いが自伝の締めくくりになっている。

チャップリン自伝は、40年ぶりの新しい訳になった (翻訳は時代とともに変わる)。
繰り返すようだが、本作は自伝というより一つの小説としての面白さも兼ね持っている。
天才の波瀾万丈に酔いしれるのも、これまた一興かもしれない。
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