本心 (2021/7/31)

文字数 815文字

2021年5月25日 第1刷発行 
著者:平野啓一郎
文藝春秋



2040年頃の近未来を舞台に、蠕動にも似た若者の心優しき移ろいを描いていた。
物語りのメインは「自由死」という選択ができるまでに富の格差が拡大した社会に生きる底辺生活者の主人公が、亡き母を偲び「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」として母親を甦らせるところから始まる。
母親の「自由死」を認めなったことから、事故で急死した母親の本心を知ろうとする主人公、
VF(ヴァーチャル・フィギア)は母のライフログから形成された所詮偽物であることを敢えて無視する中で、リアル・アバターという他人の生身の代行仕事に耐えられなくなっていく。
そんななか、悪質な職業上のパワハラに鬱積した怒りが爆発、そこから巡り会う人たちとの
心を通わせる過程で復活していく主人公の姿は、決して四半世紀先の未来物語とは思えない。

物語りのベースにある「死」と「生」、なんでもない生活でもそれを語って聞かせる相手がいるから何でもない「生」に耐えられる。
【生きるべきか、死ぬべきか】という方向性ではなく、【死ぬべきか、死なないべきか】の選択を迫られる社会に生きることが目前であると示唆する。

もうひとつのテーマが富の格差、生まれた家で人間の一生が決まる不平等を破壊するか、改革する努力をするか?これは今まさに2021年現実の問題でもある。
トリクルダウン効果を信じる、または富裕層がいるから社会はまだ維持されていると諦めることなく、貧困問題に真正面から向き合う気持ちを果たして僕らはいかほど持っているのだろうか?

冒頭で近未来物語りだと紹介したが、読み終えた今、本書の指摘は現在進行中の主権意識の欠如だった。国民の意識とはまるで違う方向に国が動いていても、それを修正することができないとしたら、では僕は何をすればいいのか。

「マチネの終わりに」、「ある男」に続く長編、平野啓一郎ワールドは、どんどん人間の内面に鋭く切りかかっていく。
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