悪と仮面のルール (2017/11/18)

文字数 996文字

2010年6月29日 第1刷発行
著者:中村文則
講談社



2013年ウォール・ストリート・ジャーナルの年間ベスト10ミステリーに選ばれた衝撃の名作。
壮絶悲壮な恋愛物語に涙し裏社会ノワールの匂い芬々に慄き、それでいて人間の実存に迫る哲学の格調高さに戸惑う、さすが噂通りの逸品だった。

日本近代化の背景に巣くう武器商人の血筋の主人公、
小さい時父から「邪」を極めるための教えを拒否するところから普通の幸福からほど遠い生き方を余儀なくされる。
本作は 主人公の一人称でその後の出来事が淡々と語られていく。
彼が語る人たち、狂った一族の父親と兄弟、
小さい時から一緒に過ごした最愛の女性、
闇の形成外科医、私立探偵、過激派メンバー、主人公をつけ狙う刑事、
・・・・と羅列すると通常のミステリーとの差があんまり感じられないことだろう。
そこで以下のような登場人物のセリフを引用しておく、これはただ事ではないのだ:
●「倫理や道徳や常識から遠く離れれば、この世界は、全く違ったものとして俺たちの前に
  現れるんだよ。まるで、何かのサービスのように」
●「金を稼ぐには主に二種類ある…一つは、魅力的な商品やサービスをつくり、人々の財布
  の金と交換すること。二つ目は、強制的に集められた金、つまり国が集めた人々の税金を
  国からもぎ取ることだ。儲かるのは主に後者。今から簡単に戦争の構図を教えてやる」
●「日本に一発でもミサイルが激突してみろ。一瞬でこの国の世論は変わる。平和憲法など
  吹っ飛ぶ。被害者の数が報道され、その家族の悲しみが連日報道され、国民の全てが
  北への憎しみの温度で沸騰し、被害者の家族たちに完全に同情する。
 ・・・人々は善意を根底に置いた時、躊躇なくその内側の暴力性を開放する。
  まるで善意によって、その暴力性の開放を許されたように。これは戦争の発生メカニズム
  の根本だ。昔の処刑の見世物も同じ原理だろう。それを誰かが計画したと思う人間は
  わずかで、そんな声は善意の暴力の沸騰でかき消えるさ。
  それがなくとも、人々は自分たちの人生に忙しいのだから・・・」

現在日本が戦争に向けた道をまっしぐらに進んでいること、Jアラートの稚拙さと胡散臭さを2010年に見事に言い当てていた。

中村文則作品は日本作家としては異常に翻訳され世界で読まれている、
僕がひそかにノーベル賞候補と目しているその証拠の一作だった。

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