円 (2022/7/27)

文字数 1,431文字

2021年11月20日 初版印刷 11月25日 初版発行
著者:劉慈欣   訳:大森望、 泊功、 齊藤正高
早川書房



【三体】三部作の著者による短編集、1999年から15年間に書かれた短編13編、
すべて著者が独自で選んだものになっている。
三体三部作からも感じた著者が有する広大深淵な科学知識、人類への不偏な愛情、地球環境への苦言、そして中国が抱える問題に誇りをもって提言する真摯、短編ならではの濃厚なエッセンス本短編集にまたもや圧倒された。

以下、13作の簡単な感想も付け加えておく:
1.鯨歌
反捕鯨思想と鯨を使った犯罪とのパラドックス、鯨に備わる哺乳類の記憶とのアンサンブル、そこに宇宙が見えてくる。
2.地火
石炭ガス化テクノロジーが世界を救済するという近未来ユートピア、そのために犠牲になった技術者たちの物語。炭鉱小説というノスタルジックにカモフラージュされた悲劇でもある。
3.郷村教師
貧しくとも教育を授けることを人生としてきた老教師の孤立、星間戦争のはてに太陽系惑星消滅の危機、「教育」の大切さを寓話のように語る感動の地求愛ファンタジー。
4.繊維
パラレルワールドにまつわるショートコント、もし多様な地球があるのなら、どの地球に住みたい?
5.メッセンジャー
見知らぬ青年が老人に手渡すヴァイオリンは彼が未来から来た証だった。
老人に告げられたメッセージは二つ、老人はそれを聞き自らの命の終焉を悟る、衝撃的エンディングのショート・ショート。
6.カオスの蝶
タイトル通りの物語。米軍のベオグラード爆撃を阻止するためにその地を悪天候にするソフトを開発した男には、救いたい妻と娘が。モーリタニア、沖縄、南極で「蝶」を羽ばたかせる悲しみの科学者魂。
7.詩雲
人間と恐竜と神が織りなす漢詩合戦SF,太陽系すべてのエネルギーを消費して(消滅させて)漢詩すべての配列を網羅した神は、
何を幸せにしたのか? ユーモアとアイロニーの心地よい一編。
8.栄光と夢
アメリカと敵対する中東国家(シーア)とがついに全面戦争になる。尊い人命を守るため国連が提案したのが2国間のオリンピック。 勝てるはずもない金メダル争いに参加するシーア人少女(マラソン競技)の生きざまが哀しい。戦争に変わる解決はないのか?
9.円円のシャボン玉
父・娘二代にわたる砂漠緑化プロジェクト物語。ストーリーの肝はすぐネタバレするが、他愛のない成功物語が現状地球問題へのアンチテーゼになっている、それも絵のように美しいものだった。
10.二〇一八年四月一日 
近未来ユートピアとその裏にうごめくディストピア・・よくある展開。遺伝子工学や冬眠による延命、IT仮想国家設立、SFの永遠のテーマであり、ネタだ。
11.月の光
これまたSFの定番、未来の自分がコンタクトしてくるタイムトリップ・パラドクスもの、その狙いが地球温暖化阻止というところが今様だ。未来が示唆する代替エネルギーの数々は果たして地球を救うことができるのか。
12.人生
予測不可能だからこそ人生を航海できる・・・哀しいことだが現実だ。脳内未使用記憶領域を活性化された胎児とその母親の会話がどうしようもないスリラーだ。
13.円
本短編集のタイトルにもなっている最終話が、初めて中国を統一した秦の始皇帝滅亡ストーリーというアイロニーが愉快だ。
円周率計算のため膨大な秦軍運用はコンピュータ理念をメタファーするものだ。
優れた小説はアイロニーとメタファーが一体したものであることを証明する締めの一話。
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