嘘と正典 (2023/1/13)

文字数 901文字

2022年7月10日印刷 7月15日発行
著者:小川哲
ハヤカワ文庫


昨年末に手にした「地図と拳(2022)」の壮大・緻密な書きっぷりに虜になった。
SF界の強力な新星・・という紹介をされるが、どうもそれ以上のジャンルを超えた新しい文学に突き進むような予感を感じた、早速主だった作品をレビューしてみようと思い立ち、まずは第162回直木賞候補にもなった本短編集を開く。
短編集タイトルになっている「嘘と正典」を含めて6編が収められている。
タイトル編はハードSF と言ってもいいかもしれないが、そのほかはファンタジー、いや人情噺に近いものまで幅広い領域をカバーし、そのすべてが高度な構成と秀逸なイデアを内包していて著者の知力、資料取集力、調査力を感じ、それ以上に小説に魔力を感じる、これはかって小松左京作品に感じたものだが、それを凌駕する普遍性に満ちている、たとえ短編集においてでもそう感じた。
各編の短い印象を付け加えておく:
①魔術師
タイムトラベルもの、その本質は家族の愛憎に潜むお互いの尊厳、矛盾しているようだが所詮タイムトラベルは不条理なもの、その融合が興味深い。
②ひとすじの光
こちらも競走馬(サラブレッド)の血統がモチーフになっている家族物語、SFではなくどちらかというと浅田次郎タッチの泣かせる人情噺、資料収集力・分析力に脱帽する。
③時の扉
何処に着地するか想像できないストーリー展開が、ラストできちんと落ち着くショートストーリーだが、中身は歴史の皮肉に満ち溢れている。
④ムジカ・ムンダーナ
「宇宙」という幻の楽曲を巡る壮大なロマンチック短編、父との一度切れた絆を探し求める男がフィリピンの孤島で経験する涙のエンディング。
⑤最後の不良
流行は作られるもの、人々はそれに踊らされるもの。確かにノームコア一色の未来なんて、これまたディストピアだろうな。
⑥嘘と正典
短編集目玉の重厚な一作、過去とつながるというSFとしてもありふれた手法をキーにしながら、冷戦時代の米ソのエスピオナージの緊迫感の中で、歴史改竄の恐怖をメタファーすることで、SFが本来有する「正義」を主張する、それにしてもパラレルワールドは面倒くさいもんだ。
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