騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編 第2部遷ろうメタファー編

文字数 1,048文字

(2017/3/13)
2017年2月25日 発行
村上春樹
新潮社



7年ぶりの書き下ろし長編となった本作はどこから切り取ってみても村上春樹世界そのものだ。
村上ワールド一色であることは、サブタイトル「顕れるイデア」、「遷ろうメタファー」が明瞭に説明している。
物語の、いや世界の核となるイデアは実態をもたないため、身近なものの形態を借りる、今作の場合は日本画に描かれた騎士団長。
メタファーなくして村上主義を語ることはできないと同時に、人が読む哲学はメタファーの極致ではないか。
村上春樹は、この物語の中で自らの小説作法をあっけらかんと説いているようだ。
その文体は、しかしながら、あくまでも軽快、カジュアルであることを意識している、
「・・・たぶん・・・」止めの類もそこかしこに見られる。
主人公もまた過去の小説の男性の集大成のような人物、おとなしく、ナイーブで、家事ができて、芸術に秀でている(今回は抽象画家)。
主人公の対極にあるスーパースター的な男女が配置されるのも、ある種のお約束だった。
今回は、なんとグレイト・ギャッツビー擬きを引っ張り出すという荒業だった。
その男、免色氏(色彩のない男のしゃれなのか?)は愛する女を夜な夜な遠くから眺めるため自分の人生をすべて注ぐ変わり者。
主人公がニック、免色氏がジェイ・ギャッツビー、まりえがデイジーという安易なメタファーを感じてしまう。
今作でのギャッツビー免色氏も大金持ちでファッション、音楽、美術、自動車、食の知識が豊富でありながら幸福ではないらしい。
そんな不思議な隣人に惑わされ続ける主人公自身も、突然の離婚の痛手から立ち直れないままでいる・・・・見事なまでの村上主義だ。
忘れていけないのは、ノルウェイの森級の不可解な恋とエロチック描写、今作でもしっかりと踏襲されている。
何やら、村上作品のベストアルバムを聴いているような感覚になってくるような本作、
でも決していやな気持ではないが、たぶん。

一つ目立つものがあったのは、村上春樹個人の素直な想いが物語に散りばめられていたこと。
ナチスを糾弾する、オーストリア併合とユダヤ人排他のクリスタルナハトへの言及。
南京虐殺の描写の中で、被害者数が10万でも40万でも本質は変わらないという立場。
パレスチナとの境に構築したイスラエルの壁の高さの異常さ。
すべては、物語の流れにしっくりと馴染んだエピソードの中で語られるだけに、彼の細心の心づもりを感じてしまった。

本作はすべからく村上春樹ベストアルバムになるべし、ぜひお手にしてみて。
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