狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ (2017/3/5)

文字数 830文字

2016年10月30日 発行 2016年12月10日 3刷
著者: 梯久美子
新潮社




梯さんの評伝、島尾敏雄さんのベストセラー作品「死の棘」の中で狂気を描かれた妻ミホの真実に迫る。
まずは「死の棘」に今一度立ち戻るところから手を付けた、「死の棘」の印象を生々しくもしっかりと身につけておきたかった。
本評伝自体は単行本650ページ余りの労作、11年の取材の成果みっしりと詰まっているが、
梯さんの筆はミホの真実を追い求め興味が尽きない。
しかし、その前に資料として手を付けた「死の棘」は読むほどに陰鬱な気分に苛まれてしまった。
読み進む苦痛の繰り返しにかなりの忍耐を、また時間を要してしまった。

本書はミホと敏雄の関係を多面的に考察し今まで通説になっていた純粋な愛が狂気に変わる無垢な妻と、妻に従う優しき男という構図を覆す。
業の浅い作家だった敏雄は妻を狂わせることで「死の棘」を創り出したと断じる、作品は作為的なものだとする。
敏雄には特攻隊長の栄誉ある「死」を手にすることができなかった虚脱、南島の住民を犠牲にしたことへの審きの願望があったと指摘する。
一方、ミホはといえば敏雄の死に殉じる決意を奪われ、島の伝統を捨て去った心の空洞を抱えながら、文学という新たな脅威に対峙する。
ふたりは「書く」と「書かれる」の立場をお互いの狂気の中で作り上げていった。

そして、ついにはミホは「書く」立場になる。
「死の棘」で聖女のような狂った妻と評判になったミホだったが、非凡な文学の才能を発揮する、南島に二人して戻った後、敏雄がうつ状態で執筆ができなくなったのとは反対に。

本書のクライマックスは、公開されこれまたベストセラーになった敏雄の「『死の棘』日記」の原本を「死の棘」と比較するところにある。
その背景にあるのは、敏雄の原稿はすべてミホが目を通し清書していたということ。
そこでミホが削除したもの、追加したもの。
その理由は何か?
評伝と真実探求ミステリー、ノンフィクションの醍醐味がそこにあった。
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