ケイン号の叛乱 (2013/7/18)

文字数 1,239文字

1975年初版、1984年第二版 
著者:ハーマン・ウォーク
ハヤカワ文庫NV 



還暦文庫の醍醐味を堪能した。
忘却のかなたにあった名作に再び会い見合うことができる悦楽は言葉にはつくせない。
そこを敢えて。

1951年、太平洋戦争が終わって6年目に発刊され、「現代アメリカの伝説」として読み継がれてきた名作、1951年ピュリツアー賞 小説部門受賞作でもある。
タイトル「ケイン号の叛乱」どおり、本作はアメリカ海軍史上、実際には一度も起きたことのない「艦上での指揮権交代」という「叛乱」をテーマにし、タブーに挑戦したフィクションだ。
しかし、内容はといえば、一人の若者の愛と人生の旅立ちを描いた「青春物語」でもある。
文庫サイズ3冊の概要をまとめると:
(1)
プリンストン大学を出て、遊びでピアノ奏者を楽しんでいる良家のボンボンが海軍予備士官学校に志願、その後老朽ポンコツ掃海駆逐艦に着任してからの2年間の海軍暮らしが物語のメイン。
そこには戦時故の雑多な階級・思想の若者が劣悪な環境の元「戦い」のために集っている。
そこで主人公は本作のテーマと深くかかわる「無能で臆病で無責任な」艦長に出会う。
艦長は艦の唯一の指揮官として権力を独占する。
この小暴君に使える主人公が見習士官から最後は艦長に出世する中で、
士官、下士官、水兵との付き合いを通して
自らのWASP思想から戦後の新世代に続く人間的成長を遂げていく過程がハイライトである。
(2)
そしてタイトルに示されたとおり、指揮官への叛乱と軍事裁判が
本作の隠されたもう一つのテーマを浮き彫りにする。
「指揮官の精神異常をだれが責めることができるのか?」
未曽有の台風の環境下で主人公と副長が艦長の指揮権を奪う。
「もともと海軍とは一部の優れた者が創造した組織を、愚かなる大勢が運営する」と
作者は断じ、軍事法廷でも法律のレトリックで主人公は無罪になる。
その真実、反乱に隠された真実はその後明らかになる。
(3)
もうひとつは、主人公の恋物語。
物語の中で占める量は当然少ないのだが、主人公の生き方を決定するファクターになっている。
WASPとして「財産と格式」の釣り合わない結婚は考えることすらない主人公が貧乏なイタリア系の美人歌手を愛してしまう。
そして、物語はこの二人の将来を暗示しながらも、ハッピーエンディングにはなっていない。
そこに1950年代のアメリカの限りない将来への夢が約束されていた。
アメリカは何でもできる、できないことはない。
戦後のこの時期に、本小説が多くの支持を得たことは想像に難くない。
主人公のように新しい人間関係、財産、キャリア、家庭を目指す道が大きく開かれていた。
本作は1954年映画化されている。
艦長にはハンフリー・ボガードを配し、「叛乱と艦長の資質」をテーマにしていたらしい(記憶がない)。
亡き母が艦長が精神異常になるシーン(手の中で鉄球を転がす)が怖かったといっていたのが今思い出された。
50年ぶりにもう一度チェックしてみるのもいいかもしれない。
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