10.過ぎ越しの祭り、そして初子の死(第10の災害)

文字数 1,137文字

「過越(すぎこし)」は現代にも伝わるユダヤ教の宗教的記念日のことだね。

マッツァーという酵母の入っていないパンを食べて祝うんだよ。

クラッカーみたいでうまそうやな。
大きさはだいたい大人の手のひらよりも少し大きいくらいかな。

普通、粉と水だけでつくられるシンプルな料理なんだけど。

チョコをかけたり、ジュースで粉をこねたり、色々工夫されているみたい。

今では伝統料理だけれど、これはエジプトを脱出した時に生まれた料理でね。

発酵させる時間も無いから、酵母無しで焼いたらしい。

聖書では神様の教えとして酵母無しで焼いたことにしているけどね。

そういうのも怪我の功名言うてええんやろか。
てか、「過越」ってそもそもどういう意味なんや?

なんか過ぎて越しとるんやろか。

その通りだよ。

これは、神様が徴(しるし)のある家を過ぎ越すという意味なんだ。

神様はエジプトの地の初子(ういご:夫婦の間に初めて生まれた子)を全て打つと言った。

イスラエルの子らは正しい手順で処分された羊かヤギの血を家の戸口に塗ること。

そうすれば神様はその家の所を過ぎ越し、災いは及ばないだろう。

え……。

神様が子どもを殺してまわるってことなん?

これが第10の、最後の災害、初子(ういご)の死だよ。

これはエジプト人だけではなく、その家畜にまで及ぶんだ。

悪魔の僕が言うのも何だけど、まさしく悪魔的所業だね。
そのセリフはさすがに悪魔にしか許されへんな。
ところで日本に蘇民祭という祭りが伝わっているんだけどね。

これが過越の祭りにとてもよく似ている。

あるところに裕福な弟の巨旦将来と、貧しい兄の蘇民将来がいた。

武塔神(むとうしん)は旅の途中で宿を乞う。

でも巨旦は断り、蘇民は粗末ながらもてなした。

武塔神は再訪の折に蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、巨旦の一族を皆殺しにした。

実は武塔神(むとうしん)は牛頭天王という神だった。

以降、疫病から逃れるため「蘇民将来子孫之門」と書いたお守りを門戸にかざす風習が生まれたんだ。

真夜中に、神様はエジプトの地、すべての初子を打った。

ファラオの初子、捕虜の初子、家畜の初子、すべてである。

死者のいない家はなく、エジプトには大いなる叫びが起こった。

子どもの死ってのはどうしても胸を打つな。

ほんまは洪水かて子どもまるごと殺しとるんやろけど。

具体的に子どもを指し示されると、印象が全然ちゃうわ。

洪水は悲しむ間も無いしね。

それに対して子どもの死は、悲しむ大人が近くにいる。

そこに共感してしまうんじゃないかな。

神話というのは説明できない自然災害に理屈を付けたものが多い。

天災や疫病なんかを全て神様のせいにするのさ。

そうでもしなければ、やっていけなかったんじゃないかって思うよ。

サタニャエルくんは優しいな。

悪魔やのに。

悪魔だからさ。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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