2.7つの教会

エピソード文字数 1,714文字

ヨハネからアジアにある七つの教会へ。

今おられ、かつておられ、やがて来られる方から、

そして、その方の玉座の前にいる七つの霊から、

また、忠実な証人であり、死者の中から最初に生まれた方、

地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから、

恵みと平和があなた方にありますように。

アジアとは現代のトルコがあるアナトリア半島のこと。

そしてその中で、七つの地域に宛てて手紙を出すことになる。

その場所はエフェソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、

サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアと記されている。

それぞれ時に叱り、時に励ますんだ。

「エフェソの教会へ」

お前には責めるべきところがある。

お前は初めのころの愛から離れてしまった。

しかし、お前には、ほめるべき点もある。

お前はニコライ派の人々の行いを憎んでいる。

わたしもそれを憎んでいる。

「初めのころの愛」って何のことやろ。
それがどういうものか、明確な答えは無い。

ただ、パウロ書簡の一つ『エフェソの人々への手紙』で愛について書かれている。

そのへんと関連するのかもしれないね。

『エフェソの人々への手紙』第5章33節

ともかく、あなた方もみな各々、自分自身を愛するように妻を愛しなさい。

妻は夫を畏れ敬いなさい。

ニコライ派は以前にも少し話題となりましたわね。

異端派閥の一つだとか。

エフェソの教会は愛が少々疎かになっとる。

せやけど、対異端についてはしっかりやっとる。

そんな感じやろかな。

「スミルナの教会へ」

わたしは、お前の苦難と貧しさを知っている。

しかし、実を言えば、お前は豊かなのだ。

おそらく、迫害にあって財産を失い、貧しくなってしまったんだろう。

そうした中でも信仰によって「豊か」なのだと諭している。

キリスト教ったらなんて便利なのかしら。

信仰でお腹が膨れるのでしょう?

貧困に耐えられんと教会を離れる人もおったやろうな。

そうした困窮に対する励ましの手紙なんやと思うわ。

「ペルガモンの教会へ」

お前たちのもとに、ニコライ派の教えを頑なに守っている人々がいる。

だから悔い改めなさい。

そうでなければ、わたしは速やかにお前の所に行って、

わたしの口から出る剣で、その人たちと戦おう。

またニコライ派出てきたな。

それにしても、口から剣出して戦うとか、奇術師みたいやんけ。

イエス様は多才やな。

もちろん、言葉通りの意味ではない。

口から出る剣は、力強い神の言葉を表す比喩表現だよ。

「ティアティラの教会へ」

お前はイゼベルという女を放任している。

この女は、預言者であると自称し、その教えによってわたしの僕(しもべ)たちを惑わし、

姦淫を行わせ、偶像にささげた物を食べさせている。

イゼベルの名はかつて『列王記』にもございましたわね。

バアルを信仰し、預言者エリヤを殺そうとした。

その名を連想しないわけにはいかないね。

ただ、『ヨハネの黙示録』におけるイゼベルはどんな人物か分からない。

本当に実在したのか、象徴的な比喩表現なのかも定かではない。

フランシスコ会聖書研究所の注解に「異端ニコライ派に属する者であろう」とある。

姦淫や偶像崇拝を行っても、信仰さえあれば救われるという考えはまさしく異端だ。

「サルディスの教会へ」

お前は生きているというのは名ばかりで、実は死んでいる。

目を覚ましなさい。

そして、死にかけている残りの者を力づけなさい。

しらけ世代かな?
「フィラデルフィアの教会へ」

お前はわたしの忍耐についての言葉を守ったから、わたしもまた、

地上に住む者たちを試みるために全世界に必ず来る試練の時に、お前を守ろう。

こっちはサルディスと違うてめっちゃ褒めてるやん。
名前からして「兄弟愛」の町ですものね。
「ラオディキアの教会へ」

お前は冷たくもなく熱くもない。

むしろ、熱いか冷たいか、いずれかであればよいものを。

きっとラオディキアの人々は普通に日々を過ごしていただろう。

言及がないということは、異端の問題も抱えていなかったと思う。

しかし、普通にしているだけでは信仰心の有無が見えてこない。

遠くからは地味な存在だったのかもしれないね。

そんなん言われても困るわ。

問題なくやっとったら、それで十分やないか。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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