11.士師記における受胎告知

文字数 1,429文字

一般に「受胎告知」と言えば「処女懐胎」というイメージがある。

けれど実はもっと広い意味で、要は天使が妊娠を告げることなんだ。

サムソンの父マノア、彼の妻の妊娠もその一つ。

彼女は長く不妊だったけれど、天使に妊娠を告げられた。

妻は主の使いの言葉をマノアに伝えた。

「お前は身籠って男の子を産む」

「ぶどう酒や強い飲み物を飲まないように」

「けがれた食べ物をいっさい食べないように」

妊婦が酒飲むんは週にいっぺん、グラス一杯くらいなら平気らしいけどな。

毎日何杯も飲んどったら赤ん坊に悪影響なんや。

そのへんを注意してくれる親切な天使さんやな。

誰のことやろ。

名前聞いたら知ってると思うねんけど。

イエスの母マリアの「処女懐胎」ならガブリエルだね。
ああ、ガブりんか。

最近会うてへんけど元気やろか。

天使をそのへんの小鬼みたいに呼ぶのはどうかと思うよ。
ゴブリン、殺すべし!

慈悲は無い。

ビヨンデッタも色々混ぜない。

怒られるから。

とにかく。

ここでは天使はただ天使として現れた。

彼はマノアに名前を聞かれても答えなかった。

(日本語)リビングバイブル

「なぜ名前など尋ねるのか。それは知らされるべきではない。」


(日本語)フランシスコ会聖書研究所

「なぜわたしの名を尋ねるのか。わたしの名は不思議だ」


(英語)欽定訳聖書/ジェイムズ王訳

“Why askest thou thus after my name, seeing it is secret?”

→secret:秘密


(英語)新国際版聖書

“Why do you ask my name? It is beyond understanding.”

→beyond understanding:人知の及ばぬ


(ドイツ語)シュラクタ

Warum fragst du nach meinem Namen? Er ist ja wunderbar!

→wunderbar:不思議


(ラテン語)ヴルガータ

Cur quaeris nomen meum, quod est mirabile? 

→mirabile:不思議

な、なんや急に。
まあ、ここらで聖書の翻訳について触れておこうと思ってね。

聖書は世界一翻訳された書物だけれど、それは一つの言語においてすらなんだ。

日本語訳、英語訳、それだけでも何十という訳がなされている。

英語でも欽定訳聖書は読みにくいだろう?

荘厳で格調高いと言われるもので、今でも愛読者がいる。

日本人が明治らへんの文豪を読むような感覚かな。

『ツァラトゥストラかく語りき』

こちらの方が『ツァラトゥストラはこう言った』よりも重みがありますものね。

あえて読みにくい方を選ぶ気持ち、分かりますわ。

そしてこれだけ訳があると、訳者にも色々な思惑が出てくる。

読者への分かりやすさを志向すれば、本意から外れることもある。

上で言えば「知らされるべきではない」の部分なんかがそうだね。

訳によってバラバラになってしまっている。

分かりやすさは時に元のニュアンスを破壊する。

ユダヤ人がヘブライ語にこだわる理由だよ。

まあ確かに翻訳はそのへん難しいわな。

犬は英語でDogやけど、それがほんまに同じかっちゅうことやろ。

犬で思い浮かぶんは柴とか秋田で、Dogやとハスキーみたいな。

神様の言葉を正しく伝えたい。

神を恐れぬ僕らだけど、その必死の思いは尊いと感じるね。

うちは天使やで?
存じておりますわ。
ともあれ、天使は自らを「不思議」とだけ言って去った。

その後、マノアの妻は男の子、サムソンを産んだ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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