8.サタンとイエス

文字数 1,629文字

イエスがヨハネのところに来て洗礼を受けようとした。

しかしヨハネはそれを思い留まらせようとして言った、

「わたしこそあなたから洗礼を受けるべきです」

ほほう。

ヨハネはイエスが神の子やと悟ったわけや。

神の子を相手に洗礼を授けるなんて恐れ多いよね。

しかしイエスは「なすべきことをすべて果たす」べきだと言った。

ヨハネはイエスに従って洗礼を受けさせた。

すると……

みるみる天が開かれ、神の霊が鳩のようにご自分の上に下ってくるのをご覧になった。
なんとも神々しい演出ですこと。
讃美歌をBGMにしたいところだね。
イエスは悪魔によって試みられるために荒れ野に行かれた。

四十日四十夜断食した後、空腹を覚えられた。

試みる者が近づき、イエスに言った、

「もしあなたが神の子なら、これらの石がパンになるよう命じなさい」

四十日も断食しとったんか?

そら腹へるやろ。

はよ、石でも何でもパンにして食べたらええ。

……てか、そないなことできるんか?

神ならばできるだろうさ。

しかしイエスはそうせずに、かの有名な言葉で返事した。

イエスは答えて仰せになった、

「『人はパンだけで生きるのではない。

神の口から出るすべての言葉によって生きる』と書き記されている」。

「パンのみにて生きるにあらず」とは確かに有名な言葉ですが。

書き記されている?

これは『申命記』のことを言っている。

確認しよう。

『申命記』第8章3節

主はあなたを苦しめ、飢えさせ、

あなたもあなたの先祖も知らなかったマナを食べさせてくださった。

それは、人はパンだけで生きるのではなく、

主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに教えるためであった。

せやな。

人はパンだけやのうて、マナも食うたらええ。

そういう意味じゃない。

ここで試されているのは石をパンに変えるような魔法じゃない。

神への従順、信仰が試されているんだ。

パンは空腹を満たすのに役立っても、人々の信仰を満足させるものではない。

空腹を覚えたとて、悪魔の言葉に従うこともありません。

大抵の愚か者は、問いを与えられた瞬間、それに囚われてしまうもの。

この切り替えしは詭弁に見えて実は本質に立ち返るものとも読めますわね。

悪魔はイエスを聖なる都、神殿の頂に立たせて言った、

「もしあなたが神の子なら、ここから身を投げなさい」

神の子であれば天使が助けてくれるだろうとね。

ちなみに神殿の頂はおよそ137メートル。

普通は死ぬ。

うちやったら軽く飛んでいけるんやけどなあ。
ここの面白いところは、悪魔も聖書を引用しているところだ。

『詩編』第91章11-12節に、神が天使を通じて守ると書いてあるんだ。

それに対して、イエスはやはり聖書を引用して応じる。

イエスは仰せになった、

「『あなたの神、主を試みてはならない』とも書き記されている」。

『申命記』第6章16節

あなたたちがマサで試みたように、あなたたちの神、主を試みてはならない。

まるで裁判を傍聴しているかのよう。

面白い見世物ですこと。

悪魔はイエスにこの世のすべての国々と栄華を見せて、イエスに言った、

「もしあなたがひれ伏して、わたしを礼拝するなら、

これらのものをすべてあなたに与えよう」。

大盤振る舞いやないか。

どこぞの竜王とは大違いやで。

彼が勇者に渡そうとしたのは世界の半分ぽっち。

しかも闇の世界という、何もない世界でしたわ。

そこで、イエスは仰せになった、

「サタンよ、退け。

『あなたの神、主を礼拝し、ただ主のみに仕えよ』と書き記されている」。

『申命記』第6章13節

あなたの神、主を畏れ敬いなさい。

ただ主のみに仕え、その名によって誓いなさい。

かくして悪魔は去った。

そして天使たちがイエスに仕えたと言う。

残念でしたわね、サタニャエル。

イエスはあなたの甘言に惑わされなかったようで。

まったく困ったもんだよ。

悪魔の言うとおりにしていれば、次に起こる不幸を回避できたかもしれないのに。

さて、ヨハネが捕らえられたと聞いて、イエスはガリラヤに退かれた。
ヨハネ、なんで逮捕されてんねん。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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