37.ゲッセマネ

文字数 1,519文字

ペトロはイエスに言った、

「決してあなたを知らないとは言いません」。

他の弟子たちもみな、同じように言った。

イエスはペトロにこう言ったのさ。

「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言う」とね。

つまりイエスに危機が訪れた際、我が身可愛さに知らぬふりをするだろうと。

そんなこと言われたら、弟子としては当然否定する。

前振りですわね。

読者としては当然、そうなることを期待いたしますわ。

外れたら、イエスが恥をかくのですし。

その後、イエスは弟子を連れてゲッセマネへと向かう。

ゲッセマネは元々アラム語で「油絞り」を意味する。

オリーブ山の北西にある場所で、実際にオリーブ油を搾りだしていたんだろう。

そこでイエスは弟子たちに、一緒に目を覚ましていろと言った。

しかしイエスが祈りを捧げた後に弟子たちを見ると、すっかり眠っていた。

イエスはペトロに仰せになった、

「あなた方は、一時間でさえも、わたしとともに目を覚ましていることができなかったのか。

誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈りなさい。心ははやっていても、肉体は弱いものだ」。

皆、疲れてへとへとになっとったんやな。

そういう時もあるて。

この一時間のことを、カトリック教会では「Ora Santa(聖なる一時間)」と呼ぶ。

17世紀の修道女マルグリット・マリー・アラコクがイエスを幻視して広めたらしい。

彼女はイエスの指示により毎週木曜、一時間の瞑想を行っていた。

それが周囲にも広まっていったんだ。

イエスが語り終わらないうちに、十二人の一人であるユダが近づいてきた。

祭司長や、民の長老たちから遣わされた多くの人々が、剣や棒を携えて、ついに来た。

裏切り者は彼らと、「わたしが接吻するのが、その男だ」と示し合わせていた。

ユダはイエスに近寄り、「先生、いかがですか」と言って、イエスに接吻した。

イエスは仰せになった、

「友よ、しようとしていることに取りかかりなさい」。

真夜中の出来事ですわ。

すぐには誰がイエスかは見えなかったのでしょう。

それで、示し合わせたユダが、イエスの居場所を教えた、と。

せやけどイエスはユダに「友よ」言うとるで。

敵対してる風には見えへんなあ。

普通そこは、「裏切者」とか言うんちゃうか?

「友よ」と言ったところで、それがそのまま親愛の意味とは限らない。

そう指摘するのはイギリスの牧師、マシュー・ヘンリー。

『ルカによる福音書』で地獄に落ちた金持ちをアブラハムが「息子よ」と呼ぶ。

親しくない者に向けられる友好的な言葉は時として強い非難を含む。

イエスのユダに対する言葉もそうだという解釈だね。

しかし全くの逆、「友よ」はやはり親愛を込めたものだということもある。

キリスト教の神髄は慈愛精神であり、悪人であっても「友」として受け入れる。

ここではイエスの博愛が表現されているという解釈だ。

もはやどうとでも言えましょう

草どもは、己の理外にあることを好き勝手解釈してしまうのですから。

もっと踏み込んで、実はイエスとユダは本当に友人関係だというものもある。

ユダの裏切りも、イエスの死も全て計画通りという話だ。

これは現代の歴史家エレーヌ・ペイゲルスなどが主張しているところだね。

(『Reading Judas: The Gospel of Judas and the Shaping of Christianity』参照)

何が、何やら、もう分からん。
イエスとともにいた者たちの一人が、大祭司の僕(しもべ)の片耳を剣で切り落とした。

イエスは「剣を取る者はみな、剣で滅びる」と言って争いを収めた。

そしてこうなったのはすべて、聖書の預言が成就するためであると言った。

その時、弟子たちはみな、イエスを置き去りにして逃げ去った。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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