4.エルシャダイ

文字数 1,087文字

散々な目に遭って、こんなことなら死んでしまえば良かった。

それほどまで嘆くヨブに向かって、「慰問」に来た友人たちは批判を始める。

友人たちの一人、エリファズは言った。

あなたは多くの人々の信仰を支えてきた。

しかしいざ自分の身が危うくなると我慢できずに怯えている。

全き歩みこそ、あなたの希望ではなかったのか。

うつ病患者に正論かますよりも酷い。

子や財産を失って病に侵されたヨブに言えるて、なんちゅう無慈悲や。

嘆きも一切許さない。

なんとも信仰の厚い方ですこと。

エリファズは続けて言った。

罪のないのに滅ぼされた者がいるか。

正しい人で絶やされた者がどこにいるか。

逆に言うたら、滅びるのは罪があるからか。

絶やされるのも、正しさを失ったせいっちゅうことやないか。

こんなん、ヨブに向かって「お前は罪びと」や言うてるようなもんやんけ。
当時、ユダヤ人たちの間には因果応報的な思想が広まっていたらしい。

エリファズが語るのはまさにそれだね。

因果応報の思想はそれこそ世界中に見えましてよ。

古代インドの哲学「因中有果」は、原因の中に結果があらかじめ存在するというもの。

例えるなら、チーズという結果にはミルクという原因があるということですわ。

原因の中に存在しない結果をあらかじめ説明することを「因中説果」と申しますわ。

これらと違い、結果は様々な要素の「集積」とする「因中無果」などもありますわね。

へえー。

ビヨンデッタ、そんなこと詳しいんやな。

すごいやん。

えへへー。
災いは地から生じるのではなく、苦しみは土から芽を出すのではない。

人は労苦するために生まれる。

それは鳥が高く飛ぶために生まれるようなものだ。

災いや苦しみは自然発生するのではなく、人の心が生むものだ。

そして生きるのに苦しむのは鳥が空を飛ぶくらいに当たり前だと言う。

開き直りやな。

でも、そこまで達観できるもんでもないやろ。

シャッダイ(全能者)の戒めをないがしろにしてはいけない。

そうすれば癒され、救われ、平和かつ安全に暮らすことができるだろう。

シャッダイ?

どっかで聞いたことある響きやな。

そんな装備で大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない。
思い出した。

エルシャダイ!

イグニッション・エンターテイメントの3Dアクションゲームのタイトルやないか。

エルは「神」を意味し、シャダイは「全能者」

つまりエルシャダイとは「全能の神」を意味するヘブライ語というわけだね。

それはさて置き。

エリファズは「あなたもこれを聞いて悟るがいい」と言って締めくくる。

本人は励ましてるつもりだろうけれど、言われたヨブはたまらないだろうね。

せやな。

うちがヨブの立場やったら、はよ帰ってくれ思うわ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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