1.預言者ハバククの祈り

文字数 1,230文字

ハバクク?

そういや、そんな名前の預言者おったな。

確か、『ダニエル書』に出て来とった。

その通り。

獅子の洞窟に放り込まれたダニエルに食事を渡した預言者だ。

農作物の刈り入れにいそしむ人たちにパンの差し入れを持っていく途中。

その食べ物をダニエルに渡せと天使に命じられた。

そして場所が分からないと言うと、髪の毛掴まれて風とともに運ばれた。

そしてこれがドナテッロ作のハバククだ。

坊主頭なのでズッコーネ(イタリア語でカボチャ)と呼ばれている。

ハバクク……。

髪の毛天使に持ってかれてもうたんか。

これはむしろ、天使を警戒して自分で剃ったのでは?
主よ、わたしはいつまで助けを求めて叫んだらよいのですか。

あなたは耳を傾けてくださらないのですか。

あなたに「暴虐だ」と叫んでも、あなたは救ってくださらない。

ハバククはこんな風に、ままならない世の中について訴える。

悪がのさばる世界をどうして神がそのままにするのか。

数千年前も今の時代も、人々は同じことを神に語っているわけだ。

草どもの苦しみなど些事も些事。

どうせ放っておけばいくらでも生えてくる連中でしょう?

人の数は増えても、一人ひとりの生とはまた別の話や。

ハバククが辛い言うんは、ハバククの辛さやで。

見よ、わたしはカルデア人を起こす。

残忍で狂暴な国民。

地を広く巡りゆき、自分のものではない住まいを占領しようとする。

ハバククの訴えに対する神の答えだ。

ユダ王国支配者の腐敗を訴えたら、なんと国ごと滅ぼすと言う。

そのためにカルデア人、すなわちバビロニア帝国を利用した。

あら、暴力革命ですか。

素敵ですわね。

あなたの目は悪を見るにはあまりにも清く、

労苦を見るには耐えられません。

なぜ、偽り者を黙って見過ごし、

悪人が自分よりも正しい者を呑み込むのを傍観されるのですか。

しかしバビロニア帝国は別に唯一の主を信仰しているわけではない。

彼らが信仰するのは、例えば主神マルドゥク。

ユダ王国が主の信仰から少々離れたとて、バビロニアほどじゃない。

不良こらしめるのにヤクザ連れてくるようなもんやな。
見よ、心がまっすぐでない者は崩れ去る、

しかし、正しい人はその誠実さによって生きる。

神は「遅れるとしても、それを待ちなさい」と言う。

悪は必ず滅ぶ。

そして直後「それは必ず来る。それは遅れることはない」とも言う。

要するに、ハバククには「待て」をしたということ。

どれほど不条理に思えても、それは神が間違っているのではない。

神は正しいが、草どもはその思考を推し量れなどしない。

辛く、苦しくとも希望を持って待て。

なんとも絶望的な話じゃないか。

そんなことあらへん。

希望を持って生きてこそ、色んなもんが残されていくんや。

ハバククかて、そのおかげで『ハバクク書』なんか残せたんかもしれへんやろ。

絶望は無や。

その声に、わたしのはらわたはわななき、唇は音をたてて震えた。

わたしは骨まで腐り、わたしの足元はふらつく。

しかし、わたしは待とう、わたしたちに攻めかかる民の上に到来する悩みの日を。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色