15.ペトロの救出とヘロデの死

文字数 1,275文字

ペトロは二本の鎖につながれ、二人の兵士の間に眠っていた。

すると突然、主の使いが立ち、光が獄内を照らした。

み使いはペトロの脇腹を突いて、「早く起きなさい」と言った。

バロック期イタリアの画家、アントニオ・デ・ベリス作「ペトロの救出」

見張りの兵士は眠り、天使がペトロを救いに来たところが描かれている。

もっとも、聖書には兵士がどうなったかは書かれていない。

人によっては兵士に賄賂を渡して脱出したとも言うね。

ペトロったら、天使に脇腹を突かれ、胸倉を掴まれ。

なんとも情けない姿ですこと。

はよ、とんずらせなあかんからな。

ちょいと乱暴になるんもしゃあない。

アメリカの神学者ジェームス・B・ジョーダンはペトロの救出を聖書の要約と言う。

ロトがソドムの町から、モーセがエジプトから脱出した場面を描いているとね。

(The Resurrection of Peter and the Coming of the Kingdom by James B. Jordan 参照)

天使に助けられて脱出しとるからな。

そういうイメージがあったかもしれへんな。

ペトロはマルコと呼ばれているヨハネの母マリアの家に行った。

ペトロが門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次いだ。

彼女はペトロの声だと分かると、門も開けずに「ペトロが立っている」と告げた。

人々は「あなたは気が狂ったのか」と言ったが、彼女は本当だと言い張った。

草どもはペトロが帰ってきたとは信じられなかったようですわね。

しかし、「気が狂った」は言い過ぎではないかしら。

僕も少々、行き過ぎた表現だと感じたよ。

これも先のジェームス・B・ジョーダンに言わせれば一つの要約だ。

ここではイエスの復活を表現しているのさ。

死体が生き返ったとか言うたら「気が狂った」思われてもしゃあない。

オーバーリアクションが「復活」を示唆してるとか、ありそな話やな。

ペトロを逃がしてしまったヘロデ・アグリッパは立腹した。

そして見張りの兵たちを死刑にするよう命じた。

その後、ヘロデはティルスとシドンの使者たちに演説した。

そのさなか、ヘロデは急死してしまう。

ヘロデが演説し、民衆は「神の声だ」と叫び続けた。

ヘロデが神に栄光を帰することをしなかったので、主の使いが彼を打った。

そこで、ヘロデは蛆に食われて息絶えた。

あっけない最期ですこと。
キリスト教を迫害してヤコブを殺してペトロを逮捕した。

その罰が当たったんやろなあ。

聖書ではヘロデは神に栄光を帰さず、驕ったために死んだとある。

しかしヨセフスの『ユダヤ古代史』ではヘロデは神を称えて死んだとされる。

ローマ皇帝カリギュラがエルサレムの神殿に像を建てようとしたのを防いだ実績もある。

神に対しては忠実だったと考える方が自然じゃないかな。

立場が変われば評価ががらりと変わる。

時代が移れば歴史上の人物さえも再評価する。

草どもは皆、右に左にぶれぶれですわね。

ああでもないこうでもない。

そんな試行錯誤、いや四苦八苦を人は数千年繰り返してきたんや。

その時々の最善を求めて苦しみ続ける。

それはたぶん、これから先の数千年も同じことなんやで。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色