7.イゼベルの死とバアル神殿の破壊

文字数 1,125文字

なんやこれ。

女の人が犬に食われとるやないか。

王冠を被った男が突っ立っていますわね。

見たところ、こいつが主犯のようです。

バロック期イタリア人画家アンドレア・セレスティの作品だよ。

王冠の男はイエフだね。

前イスラエル王ヨラムを殺して王位を得た男さ。

そして倒れて犬に食べられている女はイゼベル。

先のイスラエル王アハブの妻で、彼の死後も権力を持っていた。

預言者エリヤが「犬どもがイゼベルを食らう」言うてたな。

その預言が成就した場面っちゅうことか。

「イゼベル」という名は聖書において悪の象徴でもある。

『ヨハネ黙示録』にティアティラの教会の敵対者として登場するんだ。

イゼベルは窓から見下ろしてイエフに言った。

「お変わりないですか、主君殺しのジムリ」

ジムリは7日間しかもたなかったイスラエル王だね。

イゼベルはその名を出すことでイエフを揶揄している。

イエフはイゼベルに従う宦官に「その女を突き落とせ」と言った。

彼らは突き落とし、イゼベルの血は壁や馬に飛び散った。

イエフは食事中、イゼベルの亡骸を葬ってやるように言った。

しかしイゼベルの身体は頭蓋骨、両足、両方の手のひらしか残されていなかった。

この報告を聞いてイエフは、犬がイゼベルを食べたのだと理解した。

アンドレアの絵は犬が食べている場面をイエフが目撃している。

分かりやすさのために、少し聖書の内容を改変しているんだろう。

イゼベルは偶像崇拝、バアルの信奉者だ。

それゆえ現代において彼女の名は「ふしだら」の代名詞にまでされてしまった。

アメリカでは特に黒人女性を差別する言葉とされている。

イエフはサマリアに行き、アハブの一族を根絶やしとした。

また、バアルの神官たちをだまし討ちで皆殺しにした。

神殿を破壊し、汚物溜めとした。

だまし討ちとは。

聞き捨てなりませんわね。

イエフは「バアルのために聖なる集会を催せ」と命じた。

これはバアルの神官たちを全員呼び寄せるための嘘だった。

神官を見分けるため、全員に祭服を着せるという徹底ぶりさ。

神殿に閉じ込めて剣で殺した。

そして神殿を焼いて完全に破壊したんだ。

焼いた石柱に水をかけたら楽に粉砕できるらしいからな。

そうやって破壊したんやろ。

かくしてイエフはバアル崇拝をイスラエルから取り除いた。

そのこと自体は主にも認められている。

しかし神を崇拝せず、金の子牛を崇拝し続けた。

この頃から徐々にイスラエルは国力を弱めていく。

信仰など関係なく、単に同盟国を切り捨てたためでしょう。

彼はユダ王を殺し、シドンとの縁であるイゼベルを死なせたのですから。

政治の先鋭化が国の孤立を招いたのですわ。

アラム・ダマスカスの王ハザエルはイスラエル王国のいたるところを侵略した。

イエフは死に、その子ヨアハズが王となった。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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