7.罪深い女

文字数 1,365文字

一人の罪深い女がイエスの後ろからその足元に近寄った。

彼女は涙でイエスの足をぬらし、自分の髪でふき、その足に接吻して、香油を塗った。

これはとあるファリサイ派の人がイエスを自宅に招いた時のことだ。

そのファリサイ派の人は、足元で香油を塗る女は「罪深い女」だと心の中で言う。

イエスが預言者であるなら、それを見抜くだろうとも考えた。

この話は『マタイ』と『マルコ』にあった高価な香油とは別の話ですわね。

涙を流し、髪の毛でイエスの足をぬぐうなど、思い詰めた様子ですこと。

「罪深い」って言われても、いったい何のことなんやろ。
何故彼女は「罪深い」のか。

それは今もって論争中だ。

一般的には彼女は娼婦だったと言われている。

そしてカトリック教会においては、彼女こそがマグダラのマリアだと主張する。

ただし、正教会やプロテスタントはそれを否定している。

マグダラのマリア。

存在の曖昧さが草どもの想像を引き立てる。

魔性の女と言えましょう。

分からへんもんはしゃあないな。

「罪深い」言うても、別に娼婦でなくともええやろ。

単に律法に従ってないってだけの意味かもしれへんし。

そういう主張もある。

しかしそれでは味気ない。

やはり人はドラマティックな選択を好むのかもしれないね。

チェリーピッキングにはお気をつけなさい。

恣意的な選択でこじつけ仮説を行い、それが拍手喝采で迎えられる。

よく見かける光景でしてよ。

とまあ、話は長くなったけれど、ファリサイ派の人はイエスを見定めようとした。

そこでイエスは「シモン、あなたに言いたいことがある」と語り始めた。

「一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンの負債があった。

ところが二人とも返す金がなかったので、貸主は帳消しにした。

二人のうち、どちらのほうがその貸主をより多く愛するだろうか」。

シモンて、シモン・ペトロのことか?

それとも熱心党のシモン?

ここで言うシモンはファリサイ派の人物を指す。

まったく、同じ名前がいくつもあると混乱するよね。

そしてこれはルーベンスが描いた「ファリサイ派のシモン宅におけるキリスト」だ。

中央下にいる女性が「罪深い女」だね。

デナリオンは銀貨のこと。

銀貨五十枚よりも五百枚帳消しにされた方が嬉しいに決まっております。

まさしく、シモンもそう考え、イエスもその判断を「正しい」と言った。

そしてイエスは罪深い女がしてくれたことと、シモンを対比する。

イエスはシモンに仰せになった、

「あなたは足を洗う水さえくれなかったが、彼女は涙と髪でわたしの足をふいてくれた。

あなたはわたしに接吻しなかったが、彼女はわたしの足に接吻してやまなかった。

あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた」。

銀貨のたとえ話と合わせると、イエス様は彼女の罪深さに気づいたんやな。

そんで彼女が多くの愛を示すのは、そんだけ深い信仰を抱いとるっちゅうことや。

『ナルニア国物語』で有名なC・S・ルイスはこう言っている。

「キリスト教徒になるということは、赦しがたきを赦すということだ。

神はすでにあなたの中の赦しがたいものを許しているのだから」と。

罪深い女はシモンにとって赦されざる女だったかもしれない。

しかし、イエスは「あなたの罪は赦されている」と言った。

信仰によってすぐにも赦しを得るというのは、画期的なことだった。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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