13.地獄

エピソード文字数 1,150文字

『イザヤ書』末文

彼らは出ていって、わたしに逆らった者たちの屍を見る。

まことに、その蛆は死なず、その火は消されない。

それはすべての肉なる者にとって侮蔑の的となるであろう。

日本語では地獄だけれど、ギリシア語でゲエンナ(γεεννα)と言う。

そこから語感が少し変化して、ゲヘナ(Gehenna)と呼ばれるようになった。

そのゲエンナはさらに遡り、『ヨシュア記』にその語源を見出せる。
『ヨシュア記』第15章8節

さらに、エブス人の町、すなわちエルサレムの南斜面に位置するベン・ヒノムの谷を上り、ヒノムの谷の西側の丘の頂に上る。レファイムの平地の北端にあたる場所である。

ここで言う「ヒノムの谷」はヘブライ語で「ゲ・ヒンノム」

これがギリシア語でゲエンナと言うようになったらしい。

ん?

せやけど『ヨシュア記』の記述、全然地獄っぽくないやん。

なんか普通の谷を移動しただけみたいになっとる。

そもそも、ユダヤ教に陰府(よみ)はあっても地獄はありません。

はて、これはいったいどういうことかしら。

あくまで語源があるということさ。

地獄はキリスト教以降の産物だ。

ただし、何の意味も無く「ゲヘナ」が地獄になったわけじゃない。

『歴代誌下』を読めばその理由が分かる。

『歴代誌下』第28章3節

彼(ユダ王アハズ)はベン・ヒノムの谷で献げ物を焼いて煙を立ち上らせ、主がイスラエルの子らの前から追い払った国々の、忌み嫌うべき慣習に倣って、自分の息子たちに火の中を通らせた。

自分の子供を生贄にするあれか。

神様やのうて、モロクを拝んどったんやな。

たかだか子供一人をささげた程度で願いが叶うとでもお思いかしら。

せめて己の魂くらい差し出していただかねば。

アハズが行っていたこの慣習は別のユダ王ヨシヤによって破壊される。

そのことが『列王記下』に記されている。

『列王記下』第23章10節

王(ユダ王ヨシヤ)はまた、ベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、誰もその息子や娘を、火の中を通らせてモレクに引き渡すことがないようにした。

賢明ですこと。

ただの無駄死にですものね。

けれどベン・ヒノムの谷についての汚名は残ってしまった。

『エレミヤ書』でもベン・ヒノムの谷について言及されるんだ。

ここはもう「屠りの谷」と呼ばれると言ってね。

そういう汚名がずっと残ってて、地獄の代名詞みたいになってんな。
その地獄とはどのような場所か。

『マルコによる福音書』を見てみよう。

『マルコによる福音書』第9章48節

地獄には蛆が尽きず、火も消えることがない。

『イザヤ書』で最後に言ってたのと同じやん。
つまり、たとえユダヤ教に地獄は無くとも、

地獄の名とそのありようの原型は書かれていたということですわね。

そういうことだね。

聖書は積み重ねの物語だ。

そこに至るまでの経緯こそ魅力の源泉なんだと思うよ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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