7.古代ユダヤにおける四つの宗派

エピソード文字数 1,234文字

そのころ、洗礼者ヨハネが現れ、ユダヤの荒れ野で宣べ伝えて言った、

「悔い改めよ。天の国は近づいた」。

この人は、預言者イザヤによって、

「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』」

と言われていた人である。

『イザヤ書』第40章3-4節

呼びかける者の声がする。

「荒れ野に主の道を備えよ。

荒れ地にわたしたちの神のための街道をまっすぐにせよ

すべての谷は高くされ、すべての山と丘は低くされ、

起伏は平坦に、険しい所は平野とされるように」

またしても。

マタイは旧約の言葉を結び付けましたわね。

あれ?

よう見たら『イザヤ書』の4節はキング牧師が引用した箇所やん。

わたしには夢がある、いつの日か、言うて。

「すべての谷」以降の部分だね。

彼はヨハネのように道筋を作る気持ちだったのかも。
ファリサイ派とサドカイ派の人々が大勢洗礼を受けに来た。

ヨハネは彼らに水で悔い改めの洗礼を授けながら、

「後から来られる方」が自身よりも力あることを告げた。

ファリサイ派とサドカイ派?

聞き覚えのない連中やな。

当時、ユダヤ教には四つの宗派があったとされる。

その内の二つがファリサイ派とサドカイ派で、対立していたらしい。

草が交われば争い、一方は枯れるもの。

しかし四つの宗派とはどのようなものだったのかしら。

順番に解説しよう。

まずはファリサイ派。

彼らは小市民階級で律法を正しく学ぼうとする人たちだ。

後のユダヤ教において主流をなす。

次にサドカイ派。

彼らは富裕層で、ファリサイ派よりも儀式中心だと考えられる。

と言って、もちろんサドカイ派が律法を軽視したわけじゃない。

ただ、その解釈においてファリサイ派と対立したらしい。

残り二つはエッセネ派とゼロテ派と言う。

エッセネ派はそれなりに大勢いたらしい。

とは言え、ファリサイ派とサドカイ派に比べれば少数派だ。

また、聖書にその名は一切出てこない。

そして最後のゼロテ派はなかなか面白い。

彼らは基本的にはファリサイ派と考えを同じくしている。

しかし彼ら自身の自由については不可侵だと言う。

神のみが支配者であり主であるという考え方だ。

自らを由とする。

素晴らしい考えではありませんか。

神のことはこの際、忘れることにいたしましょう。

宗教指導者の言葉をあまり聞かなかったらしい。

ゼロテ派はタルムードで、ビリョニム(Biryonim)とか呼ばれている。

意味は「田舎者」「野生」「ごろつき」といったところだ。

「宗派」っちゅうには、問題ありそやな。

あんまお行儀のええ連中とはちゃうんやろな。

ゼロテはヘブライ語のカナイ(kanai)をギリシア語に訳したものだ。

元の意味は「神を熱望する者」

それで日本語では「熱心党」と訳されている。

後にローマに対抗するレジスタンス活動を行ったとも言われている。

だいぶ話が長くなってしまった。

当時の宗派、と言うよりユダヤ教における勢力かな。

ファリサイ派とサドカイ派は今後も繰り返し登場する。

彼らがどういう立ち位置にいるか、今の内に覚えておくのが良いだろう。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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