10.モーセの歌

エピソード文字数 822文字

いよいよモーセに死が近づく。

それに際して、最後の言葉や、次代への準備が進められる。

神様はヨシュアに命じて言った。

強く、雄雄しくあれ、と。

イスラエルの子らを導くのだと。

中心にいるのは誰?

なかなかいい男ね。

お姉さまの足元にも及ばないけれどね。

この絵はジョン・マーティンという19世紀イギリスの画家が描いたものだよ。

中心にいるのがヨシュアなんだ。

次の『ヨシュア記』はイスラエル人によるカナン征服が描かれる。

その主人公であるヨシュアはまさしく戦士。

モーセのような、いかにもな宗教指導者とは毛色が違っているね。

モーセは語った。

あなたたちは堕落し、わたしが命じた道からそれるだろう。

わたしには分かっている。

死の前に恨み言?

やるじゃない!

民衆に散々苦労させられたモーセだからね。

自分がいなくなれば、たがが外れると思ったろうさ。

モーセはこの歌の言葉を語り聞かせた。

神を称えよ。

主は岩なり。

神は正しき。

随分とシンプルな歌ね。
実は僕なりのアレンジなんだ。

本当はもっと仰々しいよ。

サタニャエルに歌詠みの趣味があっただなんて。
それで?

この「主は岩なり」ってどういう意味なのかしら。

それはきっと、岩がイスラエルの民を何度も守ってきたことによる。
彼らが暮らしていたのは岩ばかりの土地。

そしてそこで彼らは多くの敵と戦ってきた。

岩の割れ目に身を隠すことも多々あったろうね。
こそこそ隠れるのは性に合わなくってよ。
ひ弱な草どもが生き残るには仕方ないのでしょうけれど。
他に神は無し。

神は殺し生かす。

神は傷つけ癒す。

よく「神がいるのにどうして戦争はなくならないのか」って聞くけれど。
まったくの逆ですわ!

神がいるから戦争はなくならないのよ。

神など不要よ。

神を無くしてどうする気だい?
このわたくしが支配する世界を期待なさい。
ビヨンデッタに支配される世界は勘弁してほしいところだね。

それこそ蚋(ぶよ)や虻(あぶ)に満ちた世界になりそうだ。

草どもはこの蠅の王の下、伏して平等に暮らしなさいな。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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