12.キリスト教徒は豚を食べても良いか

エピソード文字数 1,562文字

『レビ記』第11章7-8節

豚、これはひづめが割れ、しかも完全に分かれているが、

反芻しないので、お前たちにとって汚れたものである。

お前たちはこれらの肉を食べてはならない。

またそれらの死骸に触れてもならない。

これらはお前たちにとって汚れたものである。

このように、豚は汚れた動物。

ユダヤの伝統、いわゆるコーシェルにおいて不適合とされたものですわ。

しかし、現代のキリスト教徒たちは平気で豚肉を食べております。

これは律法に反する行いではなくて?

その疑問は最もだ。

そしてそれに対する回答はとても簡単だ。

「新約」において全ての食べ物は「清い」とされた。

だから豚肉だって気にせず食べろ、というわけだ。

『マルコによる福音書』第7章18-19節

すると、イエスは仰せになった、

「あなた方もほかの者と同じように悟らないのか。

外から人の中に入るものはどんなものでも、

人を汚すことができないということが分からないのか。

それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、厠に出されてしまう」。

このようにイエスは、食べ物はすべて清いものであると宣言された。

世の中美味しいもんがぎょうさんあるからな。

それを我慢して神様を信じろとか言われても付いて行かれへん。

特にローマにおいて、豚肉は最も一般的な食肉だった。

キリスト教が西洋社会に受け入れられるには、それを許容する必要がある。

面白いことに、このへんの話は『コーラン』でも言及されている。
『コーラン』イムラーン家の章50節(イエスのセリフ)

私より以前に下された律法の確証者として、またおまえたちに禁じられていたものの一部を解除してやるために、私はおまえたちに主よりのみしるしをもってきたのである。だから神を畏れかしこみ、私に服従せよ。

イムラーンとは聖母マリアの父ヨアキムのことですわね。

イスラム教においてもイエスは預言者として尊重されておりますわ。

しかし、イスラム教徒は豚肉を食すことを禁じられております。

これはどうしたことかしら。

『コーラン』家畜の章145節

言ってやれ、「私に啓示されたものの中には、死骸、流された血、あるいは豚肉、これは穢れであるが、あるいは神以外の名で屠られたけがらわしいもの、これらを除いては食べても禁制となるものはなにもない」。なお、欲せずして、または違反するつもりではなくて、やむをえず食べた者には、まことに汝の主は寛容にして慈悲ぶかいお方である。

地域の事情によるんだろうね。

実際、どうして豚肉を禁ずるのか、はっきりした理由は不明だ。

衛生的な問題とか、気候が育てるのに適さないとか、色々あるけどね。

イスラム教徒の答えは明確で「コーランに書いてあるから」となる。

禁じられた食の問題は『使徒言行録』にも書かれている。

ペトロが空腹を覚えて、食事が準備されている間、脱魂状態になった。

脱魂とはつまり魂が抜けるということで、その時に幻を見たと言う。

お腹すきすぎて魂抜けてもうたんか。
天が開け、大きな敷布のような容れ物が地上に降りてきた。

その中には地上のあらゆる獣や、地を這うもの、空の鳥などがいた。

その時、「さあ、ペトロ、屠って食べよ」という声がした。

お腹すきすぎて食べ物の幻を見たんか。
せっかくの神の思し召しだと言うのに、ペトロはそれを拒否した。

「一度も清くないものや、汚れたものを食べたことはない」とね。

すると神は「神が清めたものを、清くないなどと言ってはならない」とたしなめた。

そんなやり取りが三回も続いたところで、容れ物は天に引き上げられてしまう。

またも三回!

ペトロは三回はとりあえず「No」と言いたくなる性分なのかしら。

イエス様が食うてええ言うとるのにな。

長年の習慣で身に付いたもんは、そう簡単には捨てられへんのか。

ペトロが見た幻は何だったのか。

それについては次回に見ることにしよう。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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