6.大祭司ヨヤダ

文字数 1,487文字

大祭司ヨヤダは聖書において勇敢で優れた人物だと評されている。

そこらに転がっている解説書のどれを見ても変わらない。

だけど僕はそれに異を唱えたい。

信仰を取り払って彼の行ったことを見てほしい。

ユダ王アハズヤがイスラエルの地でイエフに殺された。

その後、ユダの祭司ヨヤダはアハズヤの子ヨアシュを“確保”した。

そしてまだ7歳の彼を王に担ぎ、ヨアシュの祖母アタルヤを殺害した。

ユダ王ヨアシュは祭司たちに神殿の修復を命じたが、23年間放置された。

祭司たちは献金を受け取らないこと、神殿の修理に責任を負わないことに同意した。

それでどうにか神殿の修理は進んだが、“献金の一部は祭司たちのもの”となった。

ここまでは『列王記』に記されていることだ。

アタルヤが孫のヨアシュを殺そうとしたことを助けたことになっている。

そしてアタルヤは偶像崇拝者で、ヨヤダは唯一神を崇拝する祭司だ。

つまり、結局実行されなかった孫殺しの罪。

信仰の違いによってアタルヤは悪とされ、ヨヤダは正義となった。

信仰の違いか。

同じことやって、仮にヨヤダがバアル信者やとしたら。

聖書はヨヤダをボコボコに貶すはずやな。

しかしそうはならん。

ヨヤダは敬虔なる神の信徒やから。

ヨアシュの立場になってみればいっそう分かりやすい。

彼は父親を失った後、祭司ヨヤダとその妻ヨシェバに幽閉された。

ヨシェバはアハズヤの妹、つまりヨアシュの叔母にあたる。

叔母夫婦に連れ去られ、無理やり王にされ、祖母のアタルヤが殺された。

自分の政治をしようとしても、祭司たちは23年間も言うことを聞かない。

献金集めの権限を剥奪しても、どうにかして献金の一部は祭司たちに持っていかれる。

まさかサタニャエル。

あなた義憤を感じているのかしら?

まっさかー。

僕はただ、聖なるものを引き摺り下ろしたいだけさ。

なんせ悪魔だからね。

これが『歴代誌』になるとさらに顕著になる。

先にあげた献金の事例について、祭司たちの罪が軽く表現されているんだ。

ユダ王ヨアシュは祭司たちに神殿の修復を命じたが、“すぐに”取り掛からなかった。

祭司たちは献金を受け取らないこと、神殿の修理に責任を負わないことに同意した。

それでどうにか神殿の修理は進み、“残った金は王とヨヤダに”差し出された。

確かに……、微妙に違うとるな。

23年間の放置は、速やかに対応せえへんかったってことになっとるし。

献金は祭司だけやのうて王の懐にも入れられてもうた。

「23年放置した」のと「すぐに取り掛からなかった」とでは印象が大きく違いますわ。
そしてなんと。

ヨヤダは死後、エルサレムにおいて王たちとともに葬られたと書かれている。

聖書では「神と神殿のために善いことを行った」からだと言う。

彼が祭司でありながら絶大な権力を握っていたことを示す場面だと分かるね。

残ったヨアシュはこれも驚いたことに、アシェラ像に仕えた。

『列王記』にはそんなこと書かれてなくて、『歴代誌』にのみ書かれている。

遅れてきた反抗期かしらね。

ヨヤダの押さえつけが無ければ、ずっとアシェラ像を拝みたかったのかしら。

自分を殺そうとしたアタルヤと同じ信仰を求めた。

はてさて、これはいったい何事でしょう。

ヨアシュはアラム人の侵略を受けて、重傷を負った。

そしてあろうことか、家来たちが「祭司ヨヤダの子の血の故」でヨアシュを殺した。

これは彼が主を捨て、アシェラ像なんかに仕えたからだと『歴代誌』は語る。

そしてヨアシュはエルサレムに葬られた。

しかし王たちの墓には入れられなかった。

王族でもないヨヤダが王家の墓に入り、正統な王のヨアシュが入れない……。

まったく、神も仏もあったもんじゃにゃい。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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