21.サロメ

文字数 1,404文字

ヘロデ大王の子ヘロデ・アンティパスは兄弟ヘロデ・フィリポの妻を娶った。

彼女の名をヘロディアと言う。

洗礼者ヨハネはその婚姻に対し「許されないことだ」と非難した。

ヘロデ・アンティパスはヨハネを殺そうとしたが、

民衆の怒りを恐れて獄に投じるにとどめた。

他人の恋に文句をつけるなど。

ヨハネも無粋な男ですわね。

ヘロデ・アンティパスとヘロディアの婚姻は律法に反していたのさ。

ヘロデ・アンティパスはすでに他の妻がいた。

しかもヘロディアは自分の兄弟の妻だ。

不義密通の上に略奪婚とはとんでもない男だね。

ああ……。

それは極刑しかありえませぬ。

『レビ記』第18章16節

お前の兄弟の妻の隠し所を露わにしてはならない。

それはお前の兄弟の隠し所である。

ヨハネの言葉に対し、ヘロディアは夫以上に腹を立てた。

そして彼を殺そうと考えた。

ヘロデ・アンティパスの誕生日にヘロディアの娘が踊りを披露した。

喜んだヘロデ・アンティパスは何でも望むものを与えようと約束した。

彼女は母ヘロディアにそそのかされて言った。

「今ここで、この盆に載せて、洗礼者ヨハネの首をいただきとうございます」

ヨハネの首が欲しい?

何を言うとんのや、このかわい子ちゃんは。

そのかわい子ちゃんの名前は聖書には記されていない。

彼女はヘロディアの連れ子だ。

歴史家ヨセフスによって残されたその名はサロメ。

オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』はこの話をベースにしたのさ。

そしてこの絵は薔薇十字サロン設立者の一人、

フランス人画家アルマン・ポワンの筆による「サロメの踊り」だ。

戯曲では「七つのヴェールの踊り」とされている。

ダンスの描写は無いけれど、それはストリップショーを連想させる。

『サロメ』著:オスカー・ワイルド/訳:平野啓一郎


サロメ:奴隷たちが香水と七つのヴェールを持ってくるのを待ってるの、それに、履物も脱がせてもらわないと。

(奴隷たちが香水と七つのヴェールを持ってきて、サロメの履物を脱がせる。)


【中略】


ヘロディア:戻りましょう。あいつめの声には、イライラさせられる。わたくし、こんな叫び声が上がっている中で、娘に踊って欲しくはありませんの。あなたがそんなふうに見つめている中で、あの子に躍らせたくはないのです。とにかく、わたくしはあの子が踊ることを望みません。

ヘロデ:席を立つな、我が妻よ、我が王妃よ、無駄だ。わしは、あれが踊るまでは戻らんからな。さあ、踊れ、サロメよ、踊るのだ、このわしのために。

ヘロディア:踊っては駄目よ、サロメ。

サロメ:準備ができたわ、王様。

(サロメは、七つのヴェールを使った踊りを踊る。)

七つのヴェールを脱ぎ捨てる。

まるで女神イシュタルの冥界下りのようではなくて?

第1の門から第7の門まで。

順に王冠、耳飾り、首環、胸飾り、腰帯、腕環と足環、腰布を脱ぎ捨てた。

ダンサーでもある著述家、トニ・ベントレーはそれを指摘している。

七つのヴェールの踊りは真実へと近づく象徴的な行為なのさ。

だいぶ話、それてもうたけど。

聖書の話と戯曲とはけっこう違うんやな。

戯曲ではサロメが預言者ヨカナーン(ヨハネ)に恋をする物語だ。

恋をして、振り向いてもらえず、口づけのためにも首を願う。

聖書にそこまでのキャラ付けは無い。

こんな短いお話なのに、まさかヤンデレ美少女に生まれ変わるとは。
そしてイエスはヤンデレ美少女を恐れて……

ではなく、ヘロデ・アンティパスとヘロディアを警戒し、人里から離れた。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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