1.主の日

エピソード文字数 1,271文字

『イザヤ書』第2章12節

まことに、万軍の主の日が来る。

すべての高ぶる者と傲慢な者、すべての高慢な者に

――これらの者は低くされる――

『イザヤ書』で「主の日」という言葉が使われている。

慢心し、偶像崇拝を行う不届きものに裁きが訪れる日のことだ。

この「主の日」という言葉を最初に用いたのがアモスだと言われている。

彼は紀元前8世紀頃、まだ北イスラエル王国が存在していた時代の人物だ。

出身は南ユダ王国だけれど、北イスラエル王国に向けて批判を繰り広げた。

主の日を待ち望む者は災いだ。

お前たちにとって主の日とはいったい何になるのか。

それは暗闇であり、光ではない。

それはあたかも人が獅子から逃れて、熊に出合い、

やっと家にたどりついて、手を壁にかけると、

蛇に咬みつかれるようなものだ。

主の日は、ライオンとクマとヘビに襲われるようなもんか。

えらい災難やな。

そのような日を「待ち望む者」などいまして?
つまり「主の日」についての理解の問題だ。

アモス以前、「主の日」とは救済の日を意味していた。

しかしアモスがそれをまっこうから否定したんだよ。

そして彼以降、「主の日」は救済ではなく審判の日となった。

『エゼキエル書』第13章5節

(偽預言者たちに対しエゼキエルの預言)

お前たちは城壁の破れ口に上らず、

イスラエルの家が主の日の戦いに耐えうるような石垣を築きもしなかった。

ここやと「主の日」は決戦の場面みたいやな。

ありもせえへん救いに期待するんはアホや言うとる。

信仰を持つということは、単純に神の存在を信じるというものではない。

来たるべき日に備えて準備することも信仰に含まれると言える。

神を信じ、神に頼らず。

それはそれで結構な心構えではないかしら。

『アモス書』は北イスラエル王国批判の書だと言ったけどね。

内容的には南ユダ王国批判としても通じる。

第1章から第2章は国々の滅びについての預言で、ユダ王国も含まれている。

「偽りの神々」に惑わされた罪で神はエルサレムに「火を放つ」と言う。

他国を批判していると見せかけ、実は自国への戒めとする。

なかなか頭の良い方ですわね。

イスラエルの家よ、荒れ野での四十年の間、

お前たちは犠牲や供え物をわたしにささげたであろうか。

お前たちの王シクトや、自分のために造った偶像、

お前たちの神々の星キウンを担ぎ回ったであろうか。

シクト?

どなたかしら。

シクトはアッカド語のサックトから来ている。

サックトはメソポタミアの太陽神ニニブ(ニヌルタ)の通り名だよ。

言葉の変化はバアル・ゼブルをバアル・ゼブブと呼んだのと同じだ。

シックツ、つまり「忌むべきもの」の意味を込めてサックトをシクトとしたのさ。

そしたら神々の星キウンも同じやろか。
由来はアッカド語のカイワン。

これもシクトと同じで、シックツを混ぜてキウンとしている。

カイワンはメソポタミアにおける土星神だね。

強い国の神を拝む。

それはもう仕方のないことでしょう。

しかし神はそれを許さない。

何故なら嫉妬深いから。

『アモス書』もまた、イスラエルの滅びと再建について語る。

「主の日」を越え、二度と引き抜かれない国を求めて。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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